耕一の父、徹太郎は漁師である。
小さな漁船で細々と漁を続けながら、家族を養ってきた。
この辺り一帯は、はるか昔、鰊の漁場であったのだが、
今ではその姿は見られない。
もっぱら、鮭、秋刀魚、鰯などが相手である。
徹太郎の船は5トン未満の小さな船ではあるが、
その腕の良さは港内一であった。
徹太郎の背中を見て育った耕一は、当然己も
漁師になると決めていた。

その歯車が狂ったのは、耕一が高校三年の夏。

「やめれやめれ。そったらもん行ってどうすんだ」
「おめぇみてぇなのが東京行っても、げれっぺに決まっとる」

父の怒号を振り切って、母の涙を胸のポケットに入れて、
小さな鞄一つを財産に、夢だけを道連れに耕一は東京へ向かった。

不安よりも期待の方が大きかった。
何にも判らないけれど、何でも出来ると思っていた。
それが大きな勘違いと思い知らされるのに、半年も掛からなかった。

母からは時折手紙が届いた。
いつも同じ文面と、密かに貯めたと思われる一万円札が入っていた。
シワだらけの一万円を握り締め、耕一はようやく自分が見守られていた
事に気づいたのであった。