手で払いのけるぐらいでは消えない。
布団を剥がしても無駄だ。
思い切り押しのけて、ようやく動かせる。
目覚めた時、家の中は荒れに荒れていた。
箪笥が倒れ、テーブルがひっくり返り、茶碗が割れている。

哲也は、その全ての行動が現実に直結している事をまるで気にしていない。
不思議と、目覚めた瞬間に怒りの衝動は綺麗に消え、意識は清明になっているからだ。

そしてまた、酒に逃げる。
ほんの僅かの間でも、素面の自分と向かい合いたくないのだ。


その様子を玲子が熱っぽく見つめている。
薄い唇が微かに動いていた。

(今夜こそ…)

そう言っていた。

その夜も哲也は、深酒をして眠った。

いつの間にか、玲子がその枕元に座っている。

身を屈め、何事か耳に囁きかけている。

「哲也…鬼だよ。鬼は窓から逃げ出したよ…」

毎夜、哲也を悪夢にいざなっているのは玲子であった。
夫の病気を上手く利用してやろうと思い立ったのだ。

少しずつ、少しずつ、行動範囲を広げていった結果、哲也はベランダに出るまでになった。

後は、手すりを乗り越えさせれば良いだけだ。

それで全て上手くいく。
酔っ払った馬鹿は10階から誤って落ちる。
後に残るのは、悲しみに打ちひしがれた妻と多額の保険金だ。

終へ