久美は、午前中からずっと歩いていた。
新人研修も兼ねた飛び込みの営業である。
歩き疲れて、どこか座れる場所が無いかと辺りを見回した。
喫茶店にでも入りたいが、万が一見られたら大変だ。
ベンチぐらいなら、少し足を休めていましたと言い訳が立つ。

大きな通りを避け、裏道に入ったのが正解であった。
デパートの裏口が、ちょっとした広場になっている。
何脚かあるベンチは、既に殆どが埋まっていたが、奇跡的に一脚だけ空いていたのだ。

やれやれと腰を下ろし、ついでにカバンも下ろす。
資料が詰まったカバンは、容赦なく肩に食い込んでいた。
とんとんと軽く叩きながら、首をぐるりと回す。
大きく背伸びをする。

その背伸びが途中で止まった。
九階立てのデパートの屋上に女が居るのが見えたのだ。

女は屋上の縁に立ち、風の中の花のようにふらふらと揺れている。

今にも落ちそうだ。

息を飲む久美とその女の目が合った。

視線が絡んだ。

次の瞬間、視線を合わせたまま、女が屋上から飛び降りた。

目が離せない。
急速に女が近づいて来る。

視線が上から下に移動する。

表情がよく判った。

引きつった笑みを浮かべている。

ひぃ。

久美の喉の奥で、小さな悲鳴が上がった。

女は、笑みを浮かべ、地面に激突した。

ガコォッと音を立て、女の頭が割れた。

血しぶきを浴びると恐怖した久美は、思わず顔を手で覆った。

が、何も起こらない。

恐々、指の隙間から覗くと、そこには何も無かった。


狐に摘まれたような気持ちで、もう一度屋上を見上げた。


女が居た。

また、目が合った。

視線を絡ませ、また、女は宙を舞った。

駆け寄ってきた老婆に頬を張られなければ、久美は恐らく、その場に座り続けていたに違い有るまい。


「あれは可哀想だが、永遠にああやって身を投げ続けるのさ」

老婆は泣きじゃくる久美をなだめながら、そう言った。