慶応二年五月、江戸市中で奇妙な大衆運動が始まった。

『貧窮組』である。元々は、役人の取締不行き届きに端を発する。

何をするかと言うと…。
菰(こも)の旗を押し立てた何百人という男女が組になり、市中を練り歩く。
四つ辻や街角に大釜を据え付け、裕福な家や悪徳商人の店から米や金を貰って粥などを作り、皆で分かち合って食べる。
それだけの集まりだ。

だが、規模が大きくなるに従い幕府も見過ごす事が出来なくなり、その結果、神田佐久間町に『お救い小屋』を建て、米を支給するようになった。

庶民の力が国政を動かした一例である。
今こそ、これをもう一度やるべきである。

何百、何千という老若男女が、天下りで甘い汁を吸う役人や、口先だけの政治屋の家の前で「食わせろ~食わせろ~」と大合唱するのだ!


って明らかに犯罪行為だな(笑)

やれやれ、馬鹿な考え休むとニタリ、と。



…うん?何か声がするな…
何だろか。
窓の外からだ。

ひぇぇぇぇ~っ!
何だこの人並みは


「つくね亭の料理食わせろ~食わせろ~」