熊は翌朝、台所に立った。
母の顔、母の想い、母が今まで自分にしてくれたこと。
それら全てが胸に浮かぶ。
包丁が滲んで見える。
顔を洗い、きりっと豆絞りを頭に巻き、熊は作り始めた。

母はさらに痩せていた。
その痩せ細った手に幕の内弁当を渡した。
蓋を開けた母の顔が、花のようにほころぶ。
小さく一つ頷くと、箸を取り、食べ始めた。

「かあさん…」
熊が見守る前で、母は全て食べ終えた。

「できたね。ごちそうさま」

ようやく聞き取れるかすれ声で、母はそう言った。
熊は大声で泣き出した。

そして次の朝。
母は旅立って行った。
熊は、結局臨終には間に合わなかった。

その日食べてもらうはずの幕の内弁当がテーブルに
ポツン、と残っていた。

母は、熊に色紙を残していた。

痛みをこらえながら書いたのだろう、文字が震えている。
そこにはこう書かれてあった。

『人にも飯にも手を抜くな』

最終へ