徳さんの前に全ての鍵が山積みされた。
本当に大丈夫だろうか。その数は、何百とある。全てを舐めるのに、二時間以上かかるのではないか。

徳さんの顔つきが変わった。鋭い視線で鍵の束を見据え、凄まじい速度で舐め始めた。

一本、一秒もかからない。機械のようだ。
時々、水で舌を湿すだけで、徳さんは続けた。
始めてから15分が経った。

「あった。こいつだ。チタンだ。間違ぇねぇ。」

徳さんが一本の鍵を差し出した。

さっそく、その鍵がマンションに持ち込まれ、各部屋の鍵を次々に開錠していった。
全ての部屋が開錠され、地下室で発見された爆破装置も動きを止めた。

徳さんは、その舌で何百人もの人の命を救ったのだ。

「徳さん。ありがとう。本当にありがとう!」

「よせやい。照れちまわぁ…」

握手を求めた私の手は、しかし徳さんには届かなかった。
徳さんは激しい咳と共に血を吐き、ゆっくりと倒れた。

「徳さん、あんた!まさか…」

「へへ。すまねぇ。嘘、ついちまった。薬なんて無ぇ。
そうでも言わなきゃ、やらせてくれなかったからな。
あぁ…もういっぺん、隕石を舐めたかったな…」

徳さんはそう言って、私の腕の中でもう一度血を吐いた。

遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。





病院の中庭に桜が咲いている。

その下に徳さんは居た。
同じ年頃の女性と話している。

徳さんは私を見つけ、いつものゴツい笑顔で手を振った。

「徳さん、見舞いを持ってきたよ。なんと日本政府からだ。」

私は背中に隠していた物を徳さんに見せた。

「小さいけれど本物の月の石だよ。」

徳さんのゴツい笑顔が、少年の笑顔に変わった。

手を出そうとする徳さんを先程の女性が、やんわりと止めた。


「判ってるって。舐めねぇよ。」


おやおや。何だか良い雰囲気だ。


どうやら徳さんは、幸せの味も判ったらしい。