「父さんと初めて出逢ったのも海。
父さんが死んじゃったのも海。
でもね、もういいの。
昨日ね、夢に父さん出てきたの。
楽しそうに泳いでいるのよ。
こっち来いよ、なんて手を振るの。
あの頃のままの姿でさ。
なんだか、羨ましくなっちゃってさ」

さて、もう一泳ぎしてくるかな。
母は思い切り背伸びすると、海へと向かった。

母はその年の冬、他界した。
煙草を吸ったことが無いくせに、
肺癌で死んだ。
医者が言うには副流煙による影響が
あったのでは、とのことだった。
夏ぐらいから自覚症状は有った筈、
とも言っていた。

私達は、あの日、海で撮影した母の
写真を式場に飾った。
綺麗に着飾った写真は幾らでもあったが、
心から笑っている写真は一枚しか
無かったのだ。

あの夏の日。
母は揺れていた。
えらくゆったりと、のほほんと
揺れていた。
そして、私達に手を振ると、
沖に向かって泳いでいったのだ。