あら?なんでこんな所に

美穂の指先に、小さな黒い虫が乗っている。
忙しげに動き回るそれは、明らかに蟻である。
家の中に居ても何ら不思議では無いが、
見つけた場所が妙だ。
トイレの中であった。

下の息子が飴か何かを食べながら入ったか、
とも思ったが、床の上には何の痕跡もない。
よく見ると、蟻はトイレの窓から入って来ていた。
窓枠にびっしりと集まる蟻を見ていると、鳥肌が立った。
トイレットペーパーを重ね、はたくように外に追いやる。
何匹かが指に乗ってきた。

「痛っ!」
驚いた。
蟻に噛み付かれると、これほど痛いとは思ってもみなかったのだ。
腹立ち紛れに洗面所で蟻を潰し、水で洗い流す。
指先には、針で突いたような血の玉が浮いていた。
蟻って肉食だったかしら、雑食だってのは聞いたような気がする。
木を食べる白蟻もいるぐらいだから、肉を食べる蟻もいるのかも。
美穂の乏しい知識ではそれぐらいの想像しか出来ない。

夫の隆之に話すと、一笑に伏された。
「ばかだな、白蟻ってのは蟻の仲間じゃないよ。
あれはどっちかと言うと、ゴキブリに近い」

そんなことを聞きたいのではない。
蟻が指先に噛み付いたのだ、と尚も抗議する美穂に、
隆之は面倒臭さを露わに答えた。
「指に砂糖でも付いてたんじゃないか?とりあえず殺蟻剤でも
撒いとけよ」
結局、美穂は割り切れない想いを抱きながら話を打ち切った。