病院を出た途端、田上がはらはらと涙をこぼした。
「ははは、帰れるんや。帰れるんやなぁ、わし」

春美は真っ直ぐ前を見たまま答えた。
「帰れるどころか、雑煮まで食べれるよ、田上さん。
松子さん、先に帰って用意しとくって。
なんだかね、松花堂ってところの御餅を買って帰るとか
言ってたよ」

「松花堂かいな、こりゃまた嬉しいなぁ。
わしの家では毎年、松花堂の餅で雑煮すんねん」

「そうなんや、えらい頑張って作る言うてたよ」

ありがたいありがたい、と念仏のように唱える田上を乗せ、
車は進んだ。
自宅に近づくにつれ、その念仏が途絶えた。
見ると、田上は窓の外を流れる景色をじっと見つめている。
これで見納めとばかりに目に焼き付けているようであった。

「着いたよ、田上さん」

「うんうん、着いたなぁ。家や。わしの家や」

澤田が押す車椅子が玄関にゆっくりと向かう。
とと、と走り寄って来た三毛猫が田上の膝に飛び乗ってきた。

「おお、甚五郎か。おまえ、まだ生きとったか。よしよし」
甚五郎と呼ばれた三毛猫は、ゴロゴロと喉を鳴らし、田上の
膝でくつろいでいる。

「おかえんなさい。雑煮、できてるよ」
玄関で松子が目頭を押さえながら皆を招いている。