旅館の者には、湯当たりしただけだと誤魔化し、部屋に戻った。

言っても信じないだろうと思われた。
禁忌の場所に踏み入った後ろめたさもある。

早々に床を敷いてもらい、私は横になった。

旅の疲れもあり、たちまち眠ってしまった。

夢を見た。

昔、飼っていた猫の夢だ。
ゴロゴロと喉を鳴らし、猫は甘えてくる。

優しく撫でてあげると、余計に喉を鳴らし、すり寄ってくる。

何度も撫でているうち、朦朧とした意識が違和感を感じた。

本当に撫でている。

横を向いた私の胸元にいる猫を左手が実感している。

夢では無かった。
そしてそれは猫ではなかった。

私が撫でていたのは、先程の首であった。
指先が崩れた鼻に触れた。
甘い腐敗臭がする。
奇妙な匂いの正体はこれであった。


盛大な悲鳴をあげる私の目の前で、首は確かにニヤリと笑うと消え失せた。


翌朝早く、逃げるように宿を発ち、駅に向かった。

これ以上、ここに居たらどうなるか判らない。
ホームに立ち、苛つきながら汽車を待った。

30分後、ようやく汽車が見えた。

早く、早く。

知らず知らずのうちに言葉になる。

あと10m、あと5m…

その時、耳元で声がした。
押し殺したようなその声は、
『首塚からは逃げられん』
と囁いた。

背中を強く押され、私はホームから線路に落ちた。

あと1m。

首の下にレールがある。

冷たいな


それが最後の意識であった。