パラパラとまばらな拍手が聞こえる。
人気の少ない会場に響く。
舞台の上に立つ、斉藤の胸に響く。

斉藤英雄。芸名はマイスター英雄。
もうかれこれ10年近く、マジシャンとして
生きていた。
今年で35歳になる彼は、10年の間、
見事にパッとしない手品師であった。

理由は色々ある。
技術が無いくせにプライドが高い。
新しいネタを仕入れる努力も無い。
何よりも手品師としての華が無い。

英雄はもうそろそろ、引退を考えていた。
考えざるを得なかった。
この舞台も、今日で契約を打ち切られる。
明日からは下手な手品しか取り得の無い
中年男なのだ。

楽屋を出て駅に向かう。
北風が薄汚れたコートの襟元から
入り込み、背中と心を凍らせた。

少しだけ暖まってかえろう。
英雄は一杯飲み屋に立ち寄ろうと
路地を曲がった。

そこに悪魔がいた。
と言っても、比喩的な意味での悪魔ではない。
文字通り、悪魔であった。
真っ黒なマント、二本の角、ニヤニヤと笑う口は
耳まで裂けている。
マントの下から先が矢印になった尾まで
見えていた。

二へ