「その切欠が犬っすか」

「そや。内藤ちゃんな、いつもこんなこと言うとった」


犬はええで。
ほんまに、犬はええなぁ。
あんな、毎朝起こしてくれるんやけどな、
犬はな、毎朝が楽しゅうて仕方ないねん。
そこにわしが居る、それだけで幸せやねんな。
美味いもん欲しがるわけでもない。
暖かい家が欲しいんでもない。
こんなホームレスに飼われてても、そこに好きな人が居るだけで
嬉しいねや。

わしな、別にええもん食べさせよとか、ええ家に住まわせたろ、とか
思うて働くんちゃうよ。
長生きしなあかんねん。
こいつの為に、健康でおらなあかんねん。
家族やねん。
わし、たった一人で暮らしてきてな、ようやく出来た家族やねん。
そやからな、長生きしやなあかん。
こいつにも長生きしてもらわなあかん。
そやからな、真っ当に働かなあかん、そう決めたんや。
犬はエエなぁ。
犬は。

内藤ちゃんは、その後、店を持つまでに至ったそうだ。
俺もいつかは食べに行かなければ、そう思いながら何十年も経った。
場所は判っていた。
神戸市長田区。


平成七年一月十七日。
阪神大震災。

倒壊した木造家屋の下から、内藤ちゃんと犬は見つかった。
内藤ちゃんは、自らの体で犬をかばって亡くなっていた。
犬は、弱りきっていたが、発見当時は生きていた。
近所の人が何とか助けようと手を差し伸べたが、
内藤ちゃんの側から離れようとせず、いつまでも内藤ちゃんの
顔を舐めていた。
翌朝、ひっそりと息を引き取ったという。