縄を巻いたのは大正解であった。
ぬかるみに足を捕られる事無く、浦野は走り続けた。

途中、婆さんが半ば呆れて言った。
「あんた凄いねぇ…全然揺れないじゃないか」

浦野にしてみれば当然である。
普段の積み荷は駅弁なのだ、揺らすわけにはいかない。

「見えた、駅だよ!さぁ、もう一踏ん張り」

行けぇ、と采配を振る婆さんに、「応」と短く答え、浦野は駅舎に走り込んだ。

そっと婆さんを下ろし、そのまま気を失った。


「あの時は、ははは、死ぬかと思った」

気を失った浦野を正気に戻したのは、無事に産まれた赤ん坊の泣き声であった。



今はもう、浦野氏の売り声は聞けない。
その姿を見る事もできない。
時代は流れ、人々の心にも余裕が無くなった。
皆、急ぎ足で観光し、急ぎ足で帰宅する。

鈍行に揺られながら、駅弁を楽しむ者も少なくなった。

汽車の窓越しに駅弁を買うなど夢の夢だ。


福知山駅に浦野氏の姿はもう無い。

だが、確かにこの駅には、誇り高き一人の男がいたのだ。