田上義久。膵臓と肝臓にそれぞれ癌がある。
入院先で抗癌治療を受けていたが、余後一ヶ月と宣告を
受けていた。

「それで?田上さん、なんで家に帰りたいって。理由は」
病院のラウンジで、春美は澤田の話を聞いていた。
澤田は新人のケアマネージャーではあるが、春美が
信頼を置くスタッフの一人である。
その誠実な人柄と人当たりの良い笑顔は、
今まで担当してきた相手を任せるに値した。

「それが…とにかく帰るの一点張りで。先輩、私やっぱり
ケアマネに向いてないかもしれません」

「はぁ?ケアマネに向いてない?あんたな、ケアマネに
なって何年経った」
抑えてはいるが、春美の声は良く通る。
周りの人々が驚いて二人を振り返った。

「まだまだクチバシの黄色い、尻の青いヒヨコが
私、ケアマネに向いてないかも、かいな。
すかたん。んなもん簡単に決めてどないすんのよ。
憧れて、頑張って、ようやくスタート切れたんでしょうが」
言葉はキツイのだが、その眼差しは限りなく優しい。

「ケアマネっちゅうのは短距離走ちゃうでぇ、澤田ちゃん。
障害物マラソンや。ゴールなんか遥か遠くや。
ハードルかて3cmのもあれば3mのんもあるでぇ。
さ、もういっぺん爺ちゃんとこ行こ行こ」
春美はペットボトルの水を飲み干し、エレベーターに向かった。