八景島シーパラダイスにいってきた。

海ってすごい。何億年も前からずーーっと存在していて、その頃からずーーーっと青くて、色んな生物は海っていうゆりかごに揺られて育っていて、今の今まで形を変え続けて生きている。

その歴史には、計り知れないドラマがあって、俺らだけじゃ想像もつかないけれど、そんな世界を想像させてくれるのが水族館だと思う。

ダイビングを初めて、早8年。
学生の頃はお金かかるからそんなにいけなかったけれど、海に行く度に心が躍った。同じ国ですら、場所が変わると海の表情も変わる。住んでる生物も変わる。ましてや、グローバルワイドに色んな国に潜れば、色も、何もかもが違う。

一方、不思議なことに、たまに全く違うところで、距離も相当離れてるのに同じ種類の魚を見つけるから、海はやっぱり繋がってるんだとも思う。

なんで海は繋がっているはずなのに、場所が変われば表情が変わるんだろう。そんな、喜怒哀楽の表情を見るたびに、どんどん俺の知的好奇心は膨らんでいって、もっと見たい、もっと見たいと願うようになった。

そんな豊かで、奥深い世界を縮尺を変えて見せて、否、魅せてくれているのが水族館だ。

イルカが走る海、マンタやエイが舞う海、ジンベエやクジラが回る海、クマノミが隠れる海、小魚が群れ惑う海。

水族館は、海そのものの七色の顔を、切り出して映している。考えた人にお礼を言いたくなるくらい、何とも凄い発想力だ。

好きな人と行ったからかはわからないけれども、その七変化の表情を見逃したくない感じ、とっても恋愛に似てるなと思った。

そんな甘酸っぱさと、ロマンを感じた水族館だったなと思う。
ANAの「誘うドラマ」
http://www.sasou-drama.jp/

広告が効きづらいし、企業もお金かけてられないしっていうのは、全広告マンが百も承知で、例えば、今の就活生にOB訪問されてても、冬の時代で広告業界は厳しいよって、それでも来たいなら来る価値のある面白い業界だよって第一声で伝えなきゃならない。

そういう大変な時代だからこそ、働く業界や立場に関わらず、皆が等しく大変な時代だからこそ、夢の与えられる広告が、人の心を動かせる広告が、そういう広告が必要なんだ。

そういう広告の一つだと思う。

実際に創らせるドラマも秀逸だし、名前入っててオリジナルだっていうのも特別感があっていいし、そもそも誰かに「プレゼント」を送れるっていう発想がいいし、そのプレゼントもただで送れるのに凄く気持ちがこもったものにメイキングしてくれたり、更におまけで抽選のプレゼントがついちゃうところもいい。

なんというか、全てにおいて圧巻でした。よく構成されてる。ライバル社が創ってるのが悔しいけど、でもいい広告ってそんなチンケなことに関わらず、やっぱいいよなと思う。

実際に試して、彼女に送ってみた。

彼女は凄く喜んでいて、「びっくりしたけど、本当に嬉しかった」って言った。

こういうことだよね、人の心を動かす広告って。
自分が困ったときに、いつでも助けにきてくれる。
そんな愛情に、今まで気付かなかった。

辛い時、苦しい時、悲しい時
駆けつけてくれる人がいる。

それだけでなんと救われることだろう。

実際に行動に移せるのは本当に凄いことだと思う。
それこそが、人望の賜物であろうし、人徳の現れであろう。

今までの自分が、だいぶちっぽけだったことに気付く。
俺もそうなろう。スーパーマンになろう。

忙しいときは、そっとそばにいる。
でも何かあったら駆けつける。そんなスーパーマンを目指そう。
伊坂幸太郎のゴールデンスランバー読了。

いつもの伊坂さんより文体/構成の勢いが足りなかったとか、フィクションなのにリアルを追求しすぎていつもの独特且つ妄想チックな表現幅が少なかったかなーと思ったのは俺だけだろうか。

多分それは、主人公“たち”が対峙する「見えない大きな敵」が圧倒的強大すぎて、それに対抗することの空しさみたいなものを表現していくうちに、あるいは今回のテーマをリアルに近いフィクションの領域に設定したが故に、自然とそうなっていってしまうんだろうなと想像。


さて、偉ぶる総評は此れ位にして、もうちょっと感情的に書くと、やっぱり面白いよ伊坂幸太郎。

「オズワルトにされるぞ」という、名前に森が2つもつく風変わりな親友の一言で、冤罪を背負った男の逃走劇が一気に幕を開ける。

今回のテーマ設定の面白いところは、「強大な敵を目の前にして、できることは逃げること」というところと、「セキュリティポッドに代表されるほぼ絶対的監視社会」であろう。


まず、第一のポイント「逃げることくらいしかできない。」

今回は、物凄くたくさんの登場人物がいて、大別すると「国家側」と「主人公側」に分けられる構成。

その中でも「主人公側」に分類される様々な登場人物たちにフォーカスがあたっていて、その人種は様々。例えば、国家側に近い警察官やセキュリティポッドを整備する人間も、国家から悪と見なされている犯罪者、裏側の人間も、比較的中立的なボックスに分類されるトラックの運ちゃん、元彼女、大学時代のサークルの後輩とその奥さん、花火師のおっちゃん、アイドルも、全て主人公側に味方するんだよね。

それがまず面白い。国家という大きな虚像に対して、おかしいと思ったらやはりどんな立場のものでも反感を抱くものなんだね。でも、我が身も可愛いから、保身的になって積極的な攻撃はなかなかできない。これが人間の心理をよく表してる。


その中でも、主人公は凄い。渦中にいながら、親友の助言を思い出して冷静になったり、自分の身の危険を顧みずに人を助けたりしながら、てんぱりつつも前に転がっていく。この精神力は多分ものすごい。「小さくまとまる」なんて器じゃないよね。元彼女、もったいないぞ!

ただ、どうしてもやっぱり「逃げること」しかできなかった。


少し広い視野で見たら、「国家側」に類するのは「警察・官僚・政治家・大半のマスコミ」という、あまりに強い力を持った人たちばかりで。

そういう強大なグループに対しては、どんなに色んな人が協力して歯向かおうとしても、飼い犬に手をかまれる程度で終わってしまって。結果として取り逃がしたことで警察の面目が丸潰れになるのかと思えば、ダミーたる影武者殺して落ち着けちゃうし。

この無情な感じもリアリティがあって、よくできてるなと思った。



次に第二のポイント、「ほぼ絶対的な監視社会」。

携帯の盗聴や、町中監視カメラが是とされている世界。
これはある種、諸々規制の方向へ動き出している現代社会への警鐘であろう。

いいのかよこんなこと!!というところまで、圧倒的な力を見せつけながら実力行使をしていく警察のお偉いさん方。それを後押しする産物として、このプライバシーを全力で無視するセキュリティポッドという未来社会の存在は見落とせない。そりゃこれだけ締め付けられてたら、みんな主人公に協力するのも当然である。


そんな状態が、嫌悪感までいかないレベルの違和感を感じる程度で、一般社会に是認されている状態がどうかしてると思うが(そういう意味では、そっくりそのままこの社会が未来に現実化されるかというとそれはあり得ないと思うが…)、この小説の中ではそういう状態なのである。

ある種、国家が色んな権力を吸って、とにかくぶくぶくと太った状態で、どこか昔の失敗した日本も彷彿とさせる。こんな社会が未来に復活するとしたら、確かにこんな感じなんだろうなと思う。その想像力/創造力にはほんとうに舌を巻く。



さて、今回の終盤の収束のさせ方についてだが、驚いたのはアイドルの大変身である。神々を真似て言えば、「私だ。」「お前だったのか!」くらいの。驚きはそれだけにつきる。あとは、とにかく意外とあっさりと、気持ちよく伏線を回収して終わり。

でも、結びが新境地でのゴールデンスランバーであったことから、読後感は、何か悔しさと、切なさと、怖さと、爽快さと、もやもやと、そんな相互に離反するようなものまでひっくるめて脳内に一堂に会し、凄く複雑で新鮮だった。


ゴールデンスランバーは、黄金のまどろみと訳すらしい。

こんな強大な敵を目の前にしたら、どんなちょっとした安寧でも、黄金のまどろみに見えてしまうんじゃないだろうか。

「たいへんよくできました」のくだりが、新たなゴールデンスランバーを迎えられたんだな、よかったなという気にさせられ、爽やかに胸を打った。

以上。
それが旅立ちのような第一歩であるならば、それは「期待」に。
それが今己が在る安住からの崩壊の序曲なら、それは「不安」に。

どちらも新しい境地への出発であることには変わりないのに、
両者の行き着く先には「正」と「負」という決定的な差がある。

人間は幸せな時ほど悪い行き先を想像してしまうものだ。

そんな風に、人が不安を感じているときに、自分は何をしてあげられるだろうか。

相談に乗ってあげることだろうか。
セレナーデを奏でることだろうか。
耳元で愛を囁くことだろうか。

わからない。わからない。

何をしても、初めからきっとこんなものじゃ届かないこと、
知ってるんだ。
それでも僕は、ありったけの想い、笹舟に乗せて、今君に届けよう。

わからない時は、「全部」でいいんじゃないか。
自分に出来ることは、全部してあげるので、それでいいんじゃないか。

笹舟はやがて、その器を大きくして。
想いを乗せたまま沈まないように。
大学一年の頃の日記を読み返してて、
人間関係について、結構鋭くまとめてあったので、
掘り返してきた。

でもなんかちょっとすれてたのかな…笑

****

惰性を好むことがあれば
刺激が欲しくなるときもあり

人付き合いに疲れるときがあれば
長期休みで友達に会えないと嘆き
なければないで淋しい。

関係を求めるから他人の一挙一動に
笑ったり、泣いたり、苦しんだり。
常にその心に平穏は訪れない。

他人を好きになっては
傷つくことを恐れ、
相手を思いやる気持ちを知り、
やがては
ゆっくりと現実に浸食され、
夢ばかり見ることは不可能であると気付き
それでも心の隅で夢を見続け、
月のように満ち欠けを繰り返す。

当然上辺だけの付き合いもあって
深い内面の部分なんて見えなくて、
いい人だねなんて言われても、
違うという思いは走馬灯のように頭の中でぐるぐる回るが
口にすると非常にめんどくさいからそのままやり過ごす。

同じことなのに肌に感じる温度の格差は大きく
感動する度合いも十人十色。

…後略

****

途中の文章に出てくるけど、人間の心って月の満ち欠けに似ていて、
その周期は一見不定期に見えるけど、超長期的に見たらきっと定期的で。

だから、好き嫌いにも、交わる交わらないにも、波があるんだよね。

そんな不安定な心同士での付き合いだからこそ、
相手に自分自身を理解してもらうのって難しくて。

ずーっと見てれば、満ち欠けに気付くけれど、
一部分だけ見てれば、それがその人の全てに見えてしまう。
でもそんなことを説明するのはめんどくさくて、とにかく流す。

そんなめんどくさい関係でも求めてしまうのは、
重力に引っ張られてるように、目に見えない引力があるからで。


一方で、たまに全ての前提を覆して、
見る位置を変えてずっと太陽の方角から月を見てるから、
ただひたすらに月が光る恒星のように見えて、月は欠けない。

それが現実か現実じゃないかと言われると、夢心地ではあるけど現実で、
それが人を好きになることなんだろうなと思う。


交わらずにいられない、でも波がある。
一部分を見る人は多くても、新月から満月まで全部を見てる人間ってそういないんだろうな。
例えば、寒空の下で見上げた夜空には、何億光年も昔に生まれた星の光が鏤められていて、それが届くのはやっぱり奇跡的なことなんだろうなと思う。

今目にして見ている星たちと今地面にたっている僕との間には、自分じゃ量りきれない程の、ぶくぶくと膨れ上がった距離と時間が介在していて、それでも何にも遮られることもなくて、まっすぐに僕の目に飛び込んでくる。

それは、とんでもなく凄いことなんじゃないか。


例えば、海の中で、水の揺籠に抱かれて、見上げた水面には反射してキラキラと光り続ける太陽の光が。その太陽の光は、僕を取り囲むその水たちにドラマを与える。

まるで天国に導くように空中へエスコートし、大冒険の始まりだと言わんばかりに颯爽と飛び出す水たち。彼らは空の上で一時の安寧の時間を貰い受けたのち、再び下界に振り落とされる。

とある水は、木々の肥やしとなって、果実を実らせ、それを食べた動物と一緒にいることになるかもしれない。また、とある水は、熱く焼けたアスファルトを湿らせ、人々に涼を与えるかもしれない。

水の中から戻った僕は、僕を取り囲んでいたその水たちと再会するかもしれない。

それは、とんでもなく凄いことなんじゃないか。

***

当たり前のように身の回りにあるものは、どこまでたっても当たり前でしかないけれど、それを当たり前と思わなくなった時、気付き、物語は始まる。

それだけで世界のスケールが幾重にも広がり、今在るものの大切さがわかる。俺は、今在るものを全力で大切にしたい。巡り巡って奇跡的に出会えたのだとしたら、それを、大事にしたい。
ご無沙汰してます。

会社生活にもだいぶ慣れ、もうすぐ後輩が入ってくるという時分になりました。
そんな中、よくOB訪問を受けたりするのですが、一つだけ気になることが。

こんなのほんとは出来てなきゃいけないんだろうし、
俺が言うべきことじゃないんだろうけど、

「あまりに礼儀がなってない。」
「挨拶ができない。」
「御礼が言えない。」

元々頭に「感謝の二文字が浮かんでこないのか」
はたまた、「感謝」の二文字があってもうまく表現できないのか。

***

社会に出ると、自分を中心に周囲の人は動いてくれなくて、人のために何かをすることばかりで。
それは作業レベルであっても、仕事を回すディレクターレベルであっても一緒で。(そりゃ下っ端のほうがそうなることは多いけれども。)

それが積もり積もって一個の大きな「仕事」になって、
世の中に素敵なアクションを生み出す。

そういう過程で、チームで、あるいは色んな人と一緒にやってきた成果だってことがわからない人が多い。

自分一人の成果だという顔をするのはもってのほかだし、ありがとうって気持ちがそこに在るべきだと思うんだけど。


例えば、就職活動においても、OB訪問を受けにきて「自分はできる」って顔して、持論を巻き散らして帰る子がいる。あるいは、礼儀がかなってなかったり、お礼メールを送ってこない子がいる。

そういう子たちは共通して、「自分」中心で世界が回ってる子が多い。夢中になってたり、周りを見ようとしなかったりで視野が狭くなってる結果、残念ながら、感謝する余裕とかがなくなってしまうんだろうな、と思って見ている。

それを受けて、結果という蓋を開けてみると、不思議なもので、いいところ・希望のところに内定をした子は、よく「ありがとう」と感謝して、それを口や文面に出して表現するのがうまかったりする。

でも、その結果には凄く納得できて、それは「仕事を円滑に進める最低限の手腕」であるし、「その人の人柄を推し量る一つのスケール」でにあるし、「育ちの良さ」を匂わせるものでもある。

企業は当然、仕事を円滑に進められ、人柄も育ちも良い人を採りたがる。だからこの結果には偶然性はなく、不可逆性もないのである。


そう考えるから、俺はOB訪問に来た子には、必ずお礼や挨拶の仕方、
礼儀というものの大切さを説く。

一つ、爽やかで気持ちのいい、優しい世界を創ることに寄与できるんじゃないかと信じて。


「デザインはより暮らしを豊かにする」





内定者同期の、クリエイティブ採用の女の子の作品を見にいった。



すごく素敵だった。目的も、可能性もはっきり感じ取れて、

デザイン性にも富んだ作品。



他の同期が口々に「すごい!」と評していた。

尤もだと思う。





なぜなら、やはりデザインは視覚的(五感)に楽しむためだけのものではなくて、

「より暮らしを豊かにする手段」でもあると認識されているからではないだろうか。



豊かと一言でいえば割と簡単なことだろうけど、

それはおそらく分解すると“利便性”であったり、“もっと楽しく”であったり、

“環境に優しい”であったり、“和み”であったり、“感動”であったりするのだろう。



俺はデザインを学んだことはないけれども、心に響いて、みんなの生活を豊かにするような

可能性溢れる作品を作れたらいいな、なんて思ってしまう。





この作品、展示の中でグランプリを受賞していた。

さすが、の一言。おめでとう!!



俺も来年からがんばろーっと。









映画は二本見てきた。



○涼宮ハルヒの消失

よくこんな展開思いつくよなぁ、と思わせるようなプロット。

当然原作を読むかアニメを見るかしないとついていけない内容だけど。



パラレルワールドならまだしも、

一個の世界に複数の世界が被さるのはなかなか発想としては面白い。



そして、長門(今回のキーマン)が、ひたむきで切なくて良かった。

それを想うキョンの熱さも良かった。

ハルヒがうるさすぎなくてちょうど良かった。





○劇場版 Fate -stay night-

こちらは原作をやってないからわからないけど、アニメとは結構違った展開。

むしろ遠野にフォーカスが当てられてる感じでなんか不自然だった。

イリヤとか瞬殺だったし、桜なんかほぼ登場せず。まぁ時間が足りないからしょうがないか。



そもそもアニメを見てても少し「説明ほしいよ!」って思わせる展開どうなの、とも思うが、

登場人物全体も遠野もすごく好きなので悪くはない、と断言してしまおう。



戦闘シーンに次ぐ戦闘シーンで若干息がつまりそうになった。


鳥取砂丘と天橋立に行き、

朝8時から18時間フル稼働して、レンタルビデオショップの駐車場で就寝したハードな1日目。



2日目は更にハードである。



朝6時半、目覚めるとしとしと雨。

4時間半しか寝てないから寝不足な上に、硬い車の中で寝たので体が痛い。



でも起きなければならない。

何故なら、8時までレンタカーを借りてたので、

レンタカーがあるうちに「苔寺」と「伏見稲荷」に行きたかったからである。





苔寺は非常に趣のある感じで、すごく素敵だった。

ただ予約が必要だったらしく、外から眺める感じになっちゃったけど。



伏見稲荷の千本鳥居は、最初の鳥居にでかでかと「株式会社 電通」って書いてあって若干萎えたけど、

ほんとに静かで何か出そうで厳かだったので、ついついテンションあがっちゃって

いかに心霊写真っぽく写真を撮れるかって感じではしゃいでしまいました。





ただ時間がやばいww

8時までに返さなきゃなのに、超ギリギリだったので結局ダッシュ。

何とか8時に間に合って、次は雨の中レンタサイクルを借りに行くことに。



どうしても京都をレンタサイクルで回りたかったんです。

借りた途端に大雨。



それでもめげずに、



清水寺

↓

哲学の道

↓

銀閣寺

↓

京大

↓

たまごのってるうなぎ丼(有名らしい)でランチ

↓

金閣寺

↓

嵐山



を何とか走りきる。

昼くらいには雨も止んだ。天気は我らに味方せり!





途中哲学の道を散歩ではなく、チャリで爆走してしまったり、

恋愛おみくじを「賭けだ!!」とか言って開かずに持って帰ってきてしまったり、

銀閣が解体中で風通しがよくなってたり、

嵐山で食べたソフトクリームがめちゃくちゃおいしかったりしました。



ちなみにデジカメを2回落とし、2回目は返ってきませんました。。。ごめんよ。。。





夜からは、弊社の内定者関西組との飲み会!!

心優しいある同期がみんなを集めてくれたのです。



素敵なダイニングバーで食事をし、おいしいお酒を飲み、語らい。

全く関係ない友達とも仲良くしてくれて、ほんとにいい人たちばかり。



そして、その日の泊まる宿がないってことを知ると、

家に泊めてくれると言ってくれた同期も現れ。

本当に本当に「ありがとう」って思った。



でっかい銭湯に連れて行ってもらって、

あったかい布団に寝かせてもらって、

朝ごはんも食べさせてもらっちゃって、

ほんとに2日間分の疲労を回復しました。





翌日は、そのまま大阪へ出て、ミナミとキタを案内してもらいました。

賃貸の安さに驚き、ミナミとキタの違いにびっくりし、

おいしいうどんとたこ焼きに舌鼓を鳴らし、

新世界に串カツを食べにいったあと、

そのまま電車で神戸へ。1時間ほどの旅。



神戸ではこれまたおいしいコロッケと肉まんに出会えて、

港がほんとに綺麗でロマンチックで素敵でした。

まるでどっかのドラマに使われてそうでした。

「結婚しよう!」みたいな。笑





夜は泊めてくれた同期のやってるバーにお邪魔しに。

色んな友達が集まってきて、人脈もすごかったです。

顔も心もイケメンで、もうミスターパーフェクト。



そして僕らは夜行バスでバイバイ。





今回の旅は体力勝負であるが故、

人の温かみへのありがたさを感じた旅になりました。



関西に住みたくなった。







【番外編】

①持って帰ってきたおみくじは、凶、大凶だと必ず結ばないといけないらしいんですが、

友達は大吉、俺は見事に凶でした。ギャンブル失敗ww



②帰った日は、朝に東京について、

そのまま昼から関東の内定者と多摩川のほとりでBBQしました。

パンツのまま多摩川で泳ぎました。僥倖!