小学校も4年生になると 
引っ込み思案だった性格も
なりを潜め、わりと活発な男子になっていた。
おそらく3年の時の担任が原因だろうと思う。
放課後、友達と2人で教室に残っていると
担任がやってきた。
「こら~、早くかえれよ~」
ありがちなシチュエーションだったが
なぜだか、僕たち対先生のプロレスごっこが始まったんだ。
自分たちではわかっていなかったが
大人の男、それも20代後半と3年生とでは
全く勝負にもならず、悔しくて、段々と本気になっていく…もう悔しくて悔しくて
涙まで出て来るのだ。

どうしても、何をやっても勝てなかった僕たちは、先生に暴言を吐いた…

「頭に皿かぶって平気な顔しやがって!」

当時の先生のあだ名はカッパだった。
髪の毛が直毛で伸びてくるとサイドが
トンガってくるのが、カッパの頭みたいだったし、何より顔が似ていたからだ。

「いいかげんにしろ!」

と言うのと同時にビンタが飛んできた。

まさに
「殴ったね!…親父にもぶたれたことないのに!」
である。

ハッと我に返った先生は
「すまん!ごめん!悪かった!」
「大丈夫か⁇」
とひたすら謝った。

僕が悪いのにだ。

「ちょっと待っててくれ」
と言うと、僕の親への謝罪の手紙を
したため、僕に持たせた。

その後、電話で親に謝罪をしたらしく
帰ってから、手紙を渡すと全てわかっているようだった。

初めて殴られた…
凄く痛かった…

痛かったのは心だ。

殴られたことより、先生に殴らせてしまったことの方がショックだった…

親はその事については
何も触れる事はなかった。
学区外就学。
今でこそ珍しくはないけど…
当時は完全なアウェー。

隣の学区なんてレベルじゃなくて
市の端から端くらいのやつ。

行きは父親の車で送ってもらい
帰りは両祖父母んちのどっちかに帰る。
父方の方は歩いて10分くらいだったから
よかったんだけど…

母方の方は40分…

なのに、母方の方に帰れと言う。

学区外就学からして、親の都合なのに。

そして、公務員だった父親は5時半に迎えに来るんです。
だから、5時半にはいないといけないわけ。
冬場はいいけど…夏は1番盛り上がってる時間帯だよ。
公園の柔らかいボールとプラバットの野球が!

「ごめん…帰らなくちゃ…」

いいとこで帰るアテにならないやつ
のレッテル貼られまくり。


ただいまー!
腹減ったー!

日が暮れてから、泥んこになって
帰って

早く風呂入っちゃえよ!
すぐご飯だから~

みたいなのに憧れたな~^ ^

なんで俺だけ…

っていつも思ってたな~

小学2年の時の事でした。
授業中にやってしまいました。

いますよね?
クラスに1人くらいは…
内気で、言い出せなくて…

「おしっこ漏らしちゃう奴」

もじもじして、はっきりものが言えなくて
発表なんて絶対無理!
テストは100点ばかりで、宿題はすぐやる。
そんな小学2年生に悲劇が訪れました…

今でもハッキリと思い出せます。
あの感覚を…

先生が保健室に連れて行ってくれて、保険の先生がストックの下着とジャージに着替えさせてくれました。

子供ながらに、相当なダメージを受けたことを覚えています。

早く家に帰りたい。
そして、癒されたい。
母親に慰めてもらいたい。
父親に大丈夫だよ、と言ってもらいたい。

でも、家に帰ると
情けない!なんでトイレに行けないんだ!
と怒鳴られ、外に出され、鍵を閉められ、罰が与えられたのです。

優しい言葉ではなく… 

7歳の子供です。この世に生を受け、まだ7年しかたってないんですよ。

ごめんなさい!ごめんなさい!
お父さん!お母さん!ごめんなさい!
ごめんなさい!ごめんなさい!

泣き叫ぶ僕を癒してくれたのは
隣のおばちゃんでした。

おばちゃんは一緒に謝ってくれて
まだ小さいんだから、中に入れてあげて!
教育はわかるけど、かわいそうだと…
嘆願してくれたんです。

おしっこを漏らしてしまったこと
より…
閉め出されたこと
の方が最悪な出来事でした。

人の情、優しさを知ったのもこの時
だったように思います。