今日たまたま遊びに来てくれていた母の前で夫とケンカ。
もう言いなさんな、と母から叱られました。
お母さんは私を非難するばかりでフェアじゃなくてイラつきが増すから口を挟むな!
と言うと、もう口は挟まんから頼りにせんで!
と。こちらは育児の手伝いをお願いしてる立場なので、言わば脅迫を受けたのです。
毎回そう。
母は私が言うことを聞かないと脅迫するのだ。
ずっとずっとそうだった。
言うことを聞かないと連れて行かない!
言うことを聞かないとお小遣いをあげない!
言うことを聞かないとお母さんは何もしてあげないからね!
子供の頃とても理不尽だと感じていた
そして今もなおこんな思いをするなんて
母は私の味方は絶対にしない。
昔からずっとずっと。
こどものとき、先生に怒られればちゃんとしないアンタが悪い!
お友達とケンカしたら、仲良くできないアンタが悪い!
中学のとき転校して、なかなか最初新しいクラスに馴染めなくて、前の学校の方が良かったと言えば、そんなこと言うから新しい学校に馴染めない!といって怒られた。
高校のとき、少し勉強を頑張った時期があって、前よりよかったのに、もっといい子と比べられて貶された
大人になってからも仕事で嫌なことがあれば、アンタが悪い
岩盤浴に痴漢が出たとき、被害に遭ったことを黙っていたら、なんで言わないの!被害が増えたでしょ!と怒られた。
私の気持ちに寄り添ってくれることなんてなかった
いまもそう
愛着障害のことを話しても、一生懸命育ててやったのに!
孫の面倒見に来てやってるのに!
孫の面倒見てくれるのはありがたいよ。
でも私のことは毎回全否定
子育てつらいといえばみんなやってきたこと!
夫とケンカすればアンタの言い方が悪い!
保育園の保育士が息子が炭酸水で他はあんまり飲まないといったら、炭酸水を水筒に入れて持ってこいと言うから危なくない?と言えば、炭酸水とか子供は飲まないから知らないんだろうと、謎のフォロー(これ自体は対してどうでもいいが、とにかく私の言うことは素直に受け止めないという例)
前信号のない横断歩道を渡ろうとしたら、バスが止まらず轢かれかけ、バス会社に苦情を言ったことを話したら、恥ずかしい!そんなこと言いなさんな!と怒られた
あまり会ったことのないおばあちゃんの葬式に来るよう言われ、仕事急に休めるかわからないと言ったら、鬼のような子やね!と私は怒られ、弟には何も言っていない
数え上げればキリがないほどに私は母に傷つけられて育った
育児本や療育関連の本を読む度にこどものときに受けた仕打ちを思い出してつらい思いをする
息子に優しくしなければと思う度に、私はこんなことをすれば怒られていたと感じる
母自身もこどものとき受けた心の傷がある
でもおじいちゃんおばあちゃんを恨んでないのだ
私なら絶対恨む
母はでも育ててもらったし、親がいないと自分は存在しないのだから否定してはいけないと言う
私は儒教めいたこの思想が嫌いだ
子どもを慈しんで育てるなど当然のことだし、生命の目的が子孫繁栄だとしたら、子どもにこそ感謝すべきであり、慈しんで大切に育てられてこそ親への感謝が生まれると思う
母と分かち合える日は一生来ないと確信した
こどものときの嫌だったこと、愛着障害のこと、話す度にもう言わないでと黙らされる
思いをぶつけることも拒否される
来てやったのにと言われて黙らされる
私は孫の面倒を見させて自分のこどものときのつらい思いを昇華させようと考えている
数ヶ月に一度の来訪でこの思いが晴れるわけではないが、これ以上どうすればいいのかわからない
私が悪いんだとすれば、私を生んで育てた母の責任なのだ
もちろんすべてではないが、根本は母子関係にあると思う
そしてその母を育てた祖父母の責任なのだ
先祖代々恨まざるを得ない
その恨みはその人の人格というよりは行為であり、時代である
私はこの思いを息子たちにはさせたくない
だから二人を保育園に預け、私は余裕をもつことで自分を偽り、優しい母でいられるよう朝と夜だけの関わりを望んでいる
なんとしてでも、二人を保育園に入れなければならない
私は息子たちに恨まれたくない