我が子は知的障害のある発達障害です

大人の言うことは簡単な単語レベルでしか理解できず、発語はありません

したいことだけはしっかり主張するので、クレーンや奇声での力づくな主張で一緒にいるとうんざりします

数回程度なら優しく諭しますが、一日中続くとこちらも怒りに変わってきます

そして私の中のインナーチャイルドが、こんなに親にとって悪いことをしていて怒られないなんてずるいという感情が起きます

でも発達障害児だけに限らず、こどもは認められて自己肯定感を高めていきます

怒られてばかりでは自己肯定感は育ちません

発達障害児は自制心や物事の理解がなく、大人からすると悪いことを多々するので、一日中怒られるのです

それはお互いのためになりません

私は彼に幸せになってほしい

私のようになってほしくない

私は愛着障害があり、寛大な子育てが難しい

日中は心を回復させる時間をもつことができれば、朝晩は息子にとってふさわしい養育が可能だと考えています

よって保育園に入れるべく活動中です

でも基本的には保育園は働いてないと入れません

なのでうつ病の診断で申請しました

待機児童問題でなかなかは入れませんが…

はぁぁ

つらい

保育園じゃなくてもいいけど、発達障害児や愛着障害のある親の子どもを保育園並みにみてくれる施設が必要だと思います

こんなに世の中虐待があり、子育てが苦手な人種がいるのに、世の中母親に子育て任せすぎではないでしょうか

こどもは地域で育てていくくらいの気持ちでやっていけないんでしょうか

高度成長期で核家族化が進み、日本の子育て力は落ちました

いまその落ちた子育て力で育った人たちが子育てしてます

地域との繋がりは薄れ、人と人との関係性はどんどん希薄になっています

そうなるとどんどん愛着に問題がある子が育ち、犯罪が増加していくのではないでしょうか

地域の繋がりや実家の役割を果たす施設が必要だと感じています

たくさんことばをかけてもらい、大きくなった子は強いです

こどもを叱れない世の中になってきたというのは、関係性ができてないからだと思います

顔と名前を知っていて、どこの家の子かしってて、子供の頃から見守ってきた関係性があれば、良いことは褒め、悪いことは叱り、こどもは善悪を知り、褒められることで自分の存在価値を見出していく

私たちは去年買った中古のマンションに暮らしてます

隣のおばあちゃまは障害があり挨拶も出来ない息子にも話しかけてくれて、私の全然ちゃんとできていない子育ても、よく頑張ってると褒めてくださいます

下の人からは足音がうるさいとお叱りは受けましたが、それは本当にうるさいだろうし、真摯に受け止めて対策を講じてます。

こどもを連れて菓子折り持って謝りに行きました

マンションの理事会にも入り、今年は役員です

努力はしてますが、それでも一年住んだだけで地域の繋がりを作ることは難しいです

社会全体がずっと同じ場所に暮らさないので人間関係をつくるのが難しい世の中です

一人が気楽ではありますが、子供ができて改めて人は一人では生きていけない、そう思います

今一度、人間関係を見直して、人と人とのつながりを大切にする、そうしていけたらと思います

愛着障害を拗らせた人たちはどのように子育てしてるんでしょうか

母親ひとり、もしくは両親だけでやっていく…それは本当に子供や親の為になるのでしょうか

三歳児神話は本当でしょうか

それは手助けを受けられる環境で、母親が人としての器が大きく、こどもの生まれ持っての特性にも左右されるのではないでしょうか

これだけ子育ての大変さを書いたブログが世の中に多くあり、中には不適切な養育を疑う内容のものもあります

ワンオペ育児だから仕方ないみたいに書いてあるものがいっぱいあります

寝顔に謝る事、それは愛着形成に繋がるでしょうか

自尊心を育むでしょうか

一人で子育てしなくて良い世の中にしていかなくては日本は良くならない、どうか自分で抱え込まないで良い方法を考えていく必要があると思います