【紅と白 高杉晋作伝】関厚夫(75)覚醒篇 雅楽(うた)(三)
「いま、朝廷は幕府を、武門の長であるにもかかわらず、西洋諸国におどしつけられて開国するにいたった柔弱・腰抜けとおぼしめされており、幕府は朝廷の鎖国・攘夷のご意志を、時勢をわきまえぬ暴論としていみきらっておる。この憂うべき状態から脱却して公(朝廷)武(幕府)をひとつにせねばならぬ」「おっしゃるとおりでござりまする」「そうであろう、そうであろう。この病根をとりのぞく謀(はかりごと)は、一つしかない。いますぐにでも航海を開始することじゃ」「航海の開始…」「そう。航海し、西洋を探り、その恐れるに足らぬところを士民に知らしめ、あわてずさわがず、時間をかけて、公武一体となった大八洲(おおやしま)(日本)の武威を五大州(世界のこと)にしめし、さらには圧倒することじゃ」「長井どの、それは結局は開国論ではござりませぬか」「鎖国攘夷なぞ、できるとおもっておるのか」 雅楽は、晋作のことばをはねつけるように反問した。「泰平のこの300年間、武家が安穏と暮らしつづけてきたために武道は地に堕(お)ち、国の守りはなきがごとくになっておる。それにくらべて西洋の諸国は、ここ数十年のあいだに航海に力を注ぎ、長足の進歩をとげたがために、いまや兵3千、蒸気の軍艦4、5隻もあれば、海に囲まれた大八洲なぞ落ちるとさえうそぶいておる。じっさい、300年の泰平になれた武士がいまになって西洋と戦(いくさ)をするほどの愚策はない。それに…」「それに?」「鎖国は島原の乱(1637年)以降、厳重となったが、これまたせいぜい300年の歴史しかない。それ以前は開国じゃ。古代、朝廷も異国からの使節をもてなすための鴻臚館(こうろかん)を、京にもうけておられたではないか。また『陽(ひ)のてらすところ、天朝の徳およぶべし』という。夜国氷海(やこくひょうかい)(北極や南極近辺)はいざしらず、五大州のすべての国とまじわり、大八洲の威を知らしめるのは皇祖の御意(ぎょい)にもかなう、というものではないか」「…」「わしのこの謀が藩論になった」(なんと!…) 晋作は心のなかで驚いた。「もちろん、わが公もご賛同なされておられる。わしは近く、萩を発(た)ち、この航海の遠略(えんりゃく)(百年の大計の意)をもって、江戸と京を説くことになっておる」
「いま、朝廷は幕府を、武門の長であるにもかかわらず、西洋諸国におどしつけられて開国するにいたった柔弱・腰抜けとおぼしめされており、幕府は朝廷の鎖国・攘夷のご意志を、時勢をわきまえぬ暴論としていみきらっておる。この憂うべき状態から脱却して公(朝廷)武(幕府)をひとつにせねばならぬ」「おっしゃるとおりでござりまする」「そうであろう、そうであろう。この病根をとりのぞく謀(はかりごと)は、一つしかない。いますぐにでも航海を開始することじゃ」「航海の開始…」「そう。航海し、西洋を探り、その恐れるに足らぬところを士民に知らしめ、あわてずさわがず、時間をかけて、公武一体となった大八洲(おおやしま)(日本)の武威を五大州(世界のこと)にしめし、さらには圧倒することじゃ」「長井どの、それは結局は開国論ではござりませぬか」「鎖国攘夷なぞ、できるとおもっておるのか」 雅楽は、晋作のことばをはねつけるように反問した。「泰平のこの300年間、武家が安穏と暮らしつづけてきたために武道は地に堕(お)ち、国の守りはなきがごとくになっておる。それにくらべて西洋の諸国は、ここ数十年のあいだに航海に力を注ぎ、長足の進歩をとげたがために、いまや兵3千、蒸気の軍艦4、5隻もあれば、海に囲まれた大八洲なぞ落ちるとさえうそぶいておる。じっさい、300年の泰平になれた武士がいまになって西洋と戦(いくさ)をするほどの愚策はない。それに…」「それに?」「鎖国は島原の乱(1637年)以降、厳重となったが、これまたせいぜい300年の歴史しかない。それ以前は開国じゃ。古代、朝廷も異国からの使節をもてなすための鴻臚館(こうろかん)を、京にもうけておられたではないか。また『陽(ひ)のてらすところ、天朝の徳およぶべし』という。夜国氷海(やこくひょうかい)(北極や南極近辺)はいざしらず、五大州のすべての国とまじわり、大八洲の威を知らしめるのは皇祖の御意(ぎょい)にもかなう、というものではないか」「…」「わしのこの謀が藩論になった」(なんと!…) 晋作は心のなかで驚いた。「もちろん、わが公もご賛同なされておられる。わしは近く、萩を発(た)ち、この航海の遠略(えんりゃく)(百年の大計の意)をもって、江戸と京を説くことになっておる」