先日、僕が入っているオーケストラの弦分奏の時に、第九の4楽章の写真の3小節目最初のHの音を手書きでDに書き換えてあることに関して、この場所を見る限りではBm(HDF#)の和音で、他のパートを見る限りDとF#が多く、ハーモニー的に低弦にHを持ってくるのは当然に思えたので「ここはDに書き換えてありますがHでは無いんですか?」と質問してみた。
僕の入っているオーケストラではライブラリアンが居て、購入楽譜やレンタル楽譜を使っている為、既に渡された時点では大抵ボウイングや書き込みが入っているので前からそう弾いているのだろう。
その辺りの事情は考慮せずに純粋に疑問を持って質問して、その時は、結果的に取り敢えず「H」へ戻す。と言うことになったのだが、前から居る人が「ベーレンライターに準拠している」と言う事を言われたのと、僕自身「もしかするとDかもしれない」と言う理由が1つあったので、気になって調べてみた。
ベーレンライターはいわゆるベートーヴェンの自筆譜などを元にした原典版と呼ばれるもので、デル・マール版とも呼ばれて、最近はこれによる演奏が主流となりつつある様だ。
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元々へそ曲がりなのと「ベーレンライターでそうなっているから」と言う理由では納得出来ない為、ベートーヴェンの自筆譜が見られないか調べてみると、最近は素晴らしい事にちゃんとインターネットで閲覧出来るサイトがあるので問題の箇所を見てみた。
それがこの画像で、下から5段目終わりから2小節目の頭が自筆譜の場所だ。
楽譜の記入状態から見ても、この辺の記載に迷ってる雰囲気は無く、本人の書き間違いでは無いだろう。
僕が納得した何よりの理由は、先に書いた「Dかもしれない」と思った理由でもあるが、コーラスのBassがDだからだ。
この箇所はBmのハーモニーとなっているが、実はその根音のHはコーラスのアルトと2ndVn、アルトトロンボーンにしか当てていない。
実は、その1小節前で、音域の高い楽器の中でD#からDとなりinB(HD#F#)からinBmへ変わっていて、敢えてその短三度を強調する為に、次の小節の頭はBassや低弦にDを当てていると言う事が考えられる。
根音の下に短三度が転回すると長6度となってBmと言う響きは薄れる。
特に半分以上の楽器や声部にDを当てているのでなおさらだ。
この6度と言う和音は、5度や7度に行きたい中途半端な立ち位置である為、比較的儚い響きを作る(長三度を転回して短六度の響きを醸し出ているのは「新世界」の2楽章のコントラバスセクションの和音で使ってある)。
この儚い響きの中でその前まで八分音符をウニウニやってる2ndVnがいきなりアルトトロンボーンやアルトと一緒に根音を弾く事で突き抜けて聴こえてくる様な効果があるだろう。
そういう構成で、低弦がHを弾くとベートーヴェンが意図している和声にはならないだろう。
つまり「Hは間違い」と言うことになるのだが、それにしても何故この様な間違いが発生したのだろうか?
確かに和声的にもスケールの進行から言っても低弦のこの場所にHを当てるの自然で、僕もそうだし、過去の演奏家も不思議には思わなかったろう。
もしかすると、楽譜製作段階で、僕の様な中途半端に知識がある凡庸な写譜担当者がパッと見て意図を理解出来ずに「和声的にはHだよね」とやってしまったのかもしれない(笑)
たかが1音だがされど1音だった。
クラシック音楽は作曲家が現存してないだけに、こういう推理小説的な要素があって面白い。
ついでに他の気になる場所も見てみたが実に面白いので暇があったら一度覗いてみる事をお薦めする。
http://beethoven.staatsbibliothek-berlin.de/beethoven/de/sinfonien/9/1/1.html