1万時間の法則を考える | iPhone De Blog

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iPhone3GSからiPhoneユーザのLEONがiPhoneやAndroidなどを中心にしたデジタル系ガジェット、IT関連ネタ、趣味のコントラバスやチェロを中心としたクラシックネタ、2022年から始めた自家焙煎に関する話や日常の話まで幅広く書いてます。

先日、ラジオを「ながら聴き」してて、「1万時間の法則」と言う言葉が耳に入った。

天才や一流と言われる人々はその過去に「1万時間」に渡る努力があると言う事らしい。


どうも何年か前から話題になっている「マルコム・グラッドウェル」と言う人が書いた本の話の様で、既にブログなどでも多く語られている様だが僕は全く知らなかった。


天才! 成功する人々の法則/マルコム・グラッドウェル

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そのパーソナリティも言っていたが、エジソンの有名な言葉に


「Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration」


と言う言葉があるが、これをどう解釈するかだろう。



果たして「1万時間努力すれば誰でも天才や一流と呼ばれるのか?」


答えは「ノー」だろう。


例えば、1万時間は年に換算すると1日あたりの「努力」の時間は、単純計算すると


2年:10000 / (2 x 365) = 13.7 時間

5年:10000 / (5 x 365) = 5.4 時間

10年:10000 / (10 x 365) = 2.7 時間


と言う具合だが、例えば、普通に仕事をしていれば、その為に5時間位は使うだろう。


まあ、1ヶ月の就労時間は最近20日程度。実稼働時間を6時間程度と考えると


20日×12=240日と言う事になり


10000/(240日×6時間)=6.9年


ということで、7年で誰でもその道の一流になれるのか?と言う事になる。

恐らく誰もそうは思わないだろう。

僕は19歳で楽器を始めたが、既に昨年50の声を聞いたので既に31年だ。


アマチュアとしては練習量は多い方だと思うし、楽器を触ってない日もあるが、それでも1週間以上触らなかったと言う記憶は仕事で長期出張以外は殆ど無い。


これは土日関係無く、寧ろ土日だと5時間位練習するときもあるので、平均して1時間としても30年。


努力や研究に関しては相当に自信があるつもりだし、そろそろ天才や一流と呼ばれても良い頃だが一向にそう言う話は聞かない(笑)


やはりこの場合は、天才や一流と呼ばれる人達も長い時間の努力が必要だったと理解すべきだろうし、エジソンの言葉の様に99%の汗とヒラメキ=「才能」は必須なのだ。


実は、僕は一般大学で楽器を始めて卒業の時に就職課へも全く行かずに、プロのコントラバス奏者へなろうと思っていた。

※ちなみにこの大学は入学式も卒業式も行って無いし、卒業写真すら撮ってない(笑)
卒業証書だけを用意してある教室へ受け取りに行っただけだ。


ある程度、当時の師匠に習っていたにしても、今思っても、ろくろくまともに弾けないレベルで、レッスンだってそんなに沢山行っていた訳ではなかった。

もちろん、特別な音楽教育を受けた経験も無かったし振り返ると本当に無謀だった。


当時は、東京芸大の別科と言うのがあって、2年間勉強できるシステムがあったが今はどうなんだろう。

卒業して1年受験浪人して新幹線で楽器を持って受けに行ったが、一人か二人の合格者に10人以上来ていたと思う。


1室へ全員入って受験を待つのだが、その間他人が弾いてるのを見て「あ、俺なんかが通るわけ無い」と思った。

「井の中の蛙大海を知らず」を実体験した訳だ。


当然落ちたし、さすがに凹んで帰って師匠と話したが、その時言ってくれた言葉が


「二流のプロになるより一流のアマチュアとなれ」と言う言葉だった。


それも自身を二流のプロと言われての励ましだった。

忘れもしない、今でもあるが「バックステージ」というジャズ喫茶だった。


僕はその言葉を貰って、再度基礎練習からやり直して現在に至っている。


30年やって一流のアマチュアになれたかは分からない。


敢えて、自分が何十年もやって来た事をリセットした部分もあるし、自分ではまだ道の途中と言う感じだ。


只、続けたことは良かったと思うし、これからも続けるだろう。


明日は、その師匠のお弟子さんの発表会だ。


自身を二流のプロと呼ばれた師匠は、自身でも現役の奏者であり、多くの門下生を持ち、沢山のプロ奏者を育てて一流の指導者となられた。恐らく日本でもNo.1の指導者では無いかと思っている。


僕が高校生位の若いお弟子さんと一緒に発表会へ出るのはそう言う師匠への御礼の気持ちもある。


「この歳になってもこれだけ弾ける」と言うのを伝えていきたいからだ。


もちろん、僕自身、これまで何度か、限界も感じたし、仕事に集中する為に楽器を辞めようと思った事も多い。


しかし、今振り返ると続けて良かったと思っている。


天才や一流と呼ばれなくても良いではないか!


自分が振り返った時に、満足できる努力をしたかどうかが大切だと思っている。