サルティンポッカ

『ローマ』に行くなら、これを食べて

ってオススメされた料理。


薄切りの牛もも肉の上に生ハム、セージの葉を重ね、爪楊枝で止める。

薄切りなのでもも肉だけれど、柔らかい。

またソースが美味しくて👍


サーモンのニョッキ

『ブロッコリー🥦ソース』がなくて、

『サーモンソース』にしました。

『ニョッキ』が食べたくて🤭

もっちり、

少し量が多いけれど💦

美味しくいただきました。


ティラミスand☕️エスプレッソ

まろやかで、

ほどよい甘さ、

ほどよい苦み。


今回の旅行で、色んなデザートを食べるつもりが、

お腹いっぱいで、なかなか食べれなかった。

やはり『ティラミス』は食べておかないとね💖

ローマの水飲み場『ナソーネ(大きな鼻)』で水飲みchallenge part2


フォロ・ロマーノ
紀元前6世紀頃から『国家の政治・経済』の中心地。
首都(機能を果たした)として開設された最初の公共広場。 
下水道が整備。
『ガイウス・ユリウス・カエサル』の指揮のもと、本格的な整備が始められるが、彼の暗殺によって初代ローマ皇帝『アウグストゥス』へと引き継がれた。

考古学博物館



ティトゥスの凱旋門


ローマ帝国、第11代皇帝『ドミティアヌス』により、先代皇帝でドミティアヌスの兄でもある『ティトウス』の『ユダヤ戦争』での戦攻(勝利)を称えるために建てられた。


門の内側の彫刻がステキ😊


マクセンティウスのバシリカ

『マクセンティウス帝』によって建てられたバシリカ(公会堂)。

完成させたのは、『マクセンティウス帝』を破った皇帝『コンスタンティヌス1世』が完成させた。

アーチ構造の屋根で覆われた巨大な空間を持っている。丸屋根にすることで荷重を効率的に柱に分散させる技術を用いているらしい。


ロムルスの神殿

皇帝『マクセンティウス』が夭折した息子『ヴァレリウス・ロムルス』の為に建設した神殿。

しかし、彼自身も『ミルウィウス橋の戦い』で戦死。

未完のまま。


アントニヌスとファウスティーナの神殿

第15代皇帝『アントニヌス.・ピウス帝』が皇后『ファウスティナ』を偲び建設。

第16代皇帝『マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝』が『アントニヌス・ピウス帝』の死後、皇后『ファウスティナ』の眠るこの神殿に葬った。


エミリアのバシリカ

紀元前2世紀頃に建てられた公会堂。

金融の中心として商取引etc に使われた。

西ゴート族のローマ占領の際火事になり、その時溶けたコインの跡が残っている。


クーリア(元老院)

レンガ造りの4階建て。

共和制時代の政治の最高機関。



セプティミウス・セヴェルスの凱旋門

203年、皇帝『セプティミウス・セウェルス』と息子『カラカラ』と『ゲタ』の『パルティア戦争』での勝利を記念して建てられた。


フォカスの円柱

高さ13.6m。

602〜610年在位した、東ローマ帝国皇帝『フォカス』を称えて建立。

白大理石で造られた立方体の台座の上に『コリント式』の円柱が立っている。


なんか『かもめ』がいたら撮っちゃう🤭


カエサルの神殿


暗殺された『ディウウス・カエサル』の遺体が火葬された場所。

その後、神殿を建設。


サトゥルヌスの神殿

農耕の神『サトゥルヌス』を祀る神殿として建設。

8本の円柱とペディメント(西洋建設における切妻屋根)の一部がけが残っている。

12月には『サトゥルヌス祭』があり、学校が休みになったり、プレゼントを贈り合ったり、奴隷も主人も対等の立場になったり・・

大いに飲み食いして楽しんだらしい。


コンコルディア神殿

ローマ神話の和合の女神『コンコルディア』を祭った神殿。

長い間、ローマ市民同士が争う時代の後(紀元前4世紀)に平和への誓いをこめて建設。


カストルとポルックス神殿

紀元前5世紀『レギッルス湖畔の戦い』で勝利した『カストル』と『ポルックス』に感謝して建設。

3本の『コリント式』円柱のみ残っている。


パラティーノの丘

高級住宅地。

貴族の邸宅が建てられ、のちに初代皇帝『アウグストゥス』を筆頭に歴代の皇帝の宮殿が建てられた。

『ドムス・フラウィア』『ドムス・アウグスターナ』etc の宮殿跡が残っている。


上がると『景色』がいいみたいだが、

今回は下からのみ😁


紀元前といえば、

日本では縄文時代or弥生時代かな。

この時代に『下水道が整備』『大きな建物』

本でしか見たことのなかったものを見ることができて感動💖

Oppio Caffe

朝ごはんの
『パニーニ』and『カプチーノ』を買って



コロッセオ
予約は9:00



コロッセオ

フラウィウス円形闘技場
80年頃完成した。
高さ48m。
猛獣と剣闘士の戦い。
剣闘士同士の戦い。
どちらかが『死ぬ』まで戦いは続く。

外観は4階建。
1階はドーリア式、2階はイオニア式、3階はコリント式の柱で飾られている。

外壁


アーチの中には、それぞれ一体ずつ『彫像』が置かれていたらしい。

外壁の穴は漆喰が剥がされた跡。










観客席

観客席は、身分、性別により仕切られていた。

一段高いテラス席には、皇帝or上流階級の人々。

石段の一列目には、元老議員。

続いて、身分の高い男、平民男性、女性

一番上の立ち見席には、奴隷etc


アレーナ床

現在、見ることはできないが、当時、『アレーナ床』の部分には厚い木の板を使っていた。

板の上には、砂を敷いて水はけをよくしていたらしい。

試合で血がながれる度に新しい砂が入れられた。


大理石の席

白大理石の装飾跡が残る場所。

後世、建築資材として『大理石』が持ち去られた。


かもめ

『かもめ』って海の近くにいると思っていました。

海からは遠いのに


地下 猛獣がいたところ


仕切りの中に『猛獣』が入れられていた。

『剣闘士』と戦う時、『猛獣』がエレベーターのようなもので運ばれた。


コンスタンティヌスの凱旋門

315年 高さ21m。

『コンスタンティヌス帝』が『ミルウィウス橋の戦い』で『マクセンティウス』に勝利を記念して建てられた。


この時代のものが残っているのはすごい。

猛獣🆚剣闘士

剣闘士🆚剣闘士

etc 闘いを見るのは好きではありませんが、

地下に『猛獣』を入れて置く場所を作ったり、

工夫した建て方には感心する。