シネ・リーブル神戸
チャイコフスキーの妻
ピョートル・チャイコフスキーはかねてから同性愛者だという噂が絶えなかった。
恋文で熱烈求愛する地方貴族の娘アントニーナと、世間体を考えて安易にも結婚する。
が、女性に愛情を抱いたことのないチャイコフスキー、
妻アントニーナの性格
結婚生活は悲惨なもので、共同生活はわずか6週間で終わりを告げる。
このあと、妻アントニーナは夫チャイコフスキーに拒絶され、孤独な日々を過ごすうち、壮絶な人生を送り始める。
1865年モスクワで、有名な歌手『アナスタシア・フヴォストヴァ』の共通の友人として2人は出会う。
それ以来、アントニーナはチャイコフスキーに一目惚れ💖
アントニーナの家族が別れるように言っても、『愛💖』を貫く。
今で言うならストカーのよう。
嫌われても、嫌われても、『愛してる💖』
妻アントニーナはチャイコフスキーが亡くなったあと、24年間生きていたようだが、その最後の20年は『精神病棟』での生活だったよう。
もっと違うひとを愛していたなら、
違う人生だったのかな・・
映画は『ドキッ』とする場面も多々あるが、
音楽好きには嬉しい映画🎵
大好きなチャイコフスキーの曲を聴きながら映画鑑賞🎀
わたしのお気に入りは、
🎻ヴァイオリン協奏曲ニ長調
チャイコフスキーは、
1859年、法律学校を卒業。
法務省に9等文官として就職。
仕事のほとんどは訴訟事務の取り扱いであり、味気のない日々を過ごしていたが、
1861年、知人からの紹介で音楽教育を行っている帝室『ロシア音楽協会』を知り、
1862年より学び始める。

