ある日、パリの名門音楽院コンセルヴァトワールのディレクターのピエール・ゲイトナーがマチューのピアノ演奏に足を止め、聴いていた。
マチューの才能に強く惹かれたピエールは声を掛け、名刺を渡す。
しかし、マチューは逃げるように行ってしまった。
マチューが子供のころ、部屋でピアノを弾く老人と出会う。
老人からピアノを教えてもらうことに。
楽譜は読めないが、老人が弾いた後それを真似して弾くことができる。
絶対音感のを持ち主。
ある日、ピアノを習っていた老人が亡くなり、形見として彼のピアノをもらう。
母親にピアノを習わして欲しいとお願いするが、無理だと言われる。
母は乳飲み子を抱えその上、離婚したばかりで大変だった。
彼は、バイトしてをしながら生計を助ける。
マチューの住んでいるところはあまりいい環境のいいところではない。
ある晩、友だちとお金持ちのお屋敷盗みに入った。
友達は金品を探していたのだが、
彼はグランドピアノを見つけ、弾き始め。
そのとき、警察がやってくる。
お友達は逃げろ。
というのだが、
マチューはその声も聞こえないぐらい熱心にピアノを弾いていた。
そのため、警察官に捕まリ、
捕まるのは2度目。
実刑を免れないと言われたマチュー。
名刺をもらったピエールに連絡。
ピエールは迎えにきてくれた。
ピエールがいるコンセルヴァトワールで清掃の公益奉仕をすることで釈放してもらう。
それと彼ピエールからもう一つ条件を出された。
それは、
『女伯爵と呼ばれているピアノ教師エリザベスのレッスンを受けること』
コンセルヴァトワールでの清掃、ピアノレッスンをすることに。
嫌々ピアノレッスンをして、反抗的な態度を続けていたマチュー。
エリザベスもサジを投げそうになったが、ピエールの進退問題もあり、辛抱よく指導を続けた。
パリの名門音楽院でしたが、最近優勝者がなく、次回の『国際ピアノコンクール』でどうしても優勝者を出したかったのです。
ピエールは『国際ピアノコンクール』にマチューを出場させようと考えていた。
練習に専念させるためにピエールの息子の使っていた部屋を提供。
ピエールには息子がいたのですが、若くして亡くなっていました。
課題曲は『ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』
コンクールまで後4ヶ月しかない。
猛特訓が始まります。
コンサートの前日、明日着るジャケットのボタンが取れピエールの家を出て訪ねたマチュー。
家にはピエールの妻だけがいました。
ピエールの妻はマチューのことが気に入っていませんでした。
ピエールの妻がマチューに、
『あなたは息子の代わり。あなたも主人も恥をかくだけだからコンサートには出ないで』
と言われ、自身をなくし、実家に帰ってしまいます。
『国際ピアノコンクール』の当日マチューは来ません💦
この間に、このコンセルヴァトワールでチェロを習っているアンナと親しくなったり。
ここの生徒であるミシェルはマシューのライバルと競いあったり。
レッスンは大変だけれど、マチューの生活環境が少しずつ変わっていきます。
バッハの平均律クラヴィア曲集
ショパンのワルツ 第3番 イ短調
リストのハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調
ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 ハ短調
ショスターコーヴィチのピアノ協奏曲 第2番 ヘ長調
コンサート会場にいる感じ。
映画を観にきてるといるより。
目を閉じて聴きいってしました😍
クラシックファンには、
音楽も聴けて、映画も観れて👍
ラフマニノフは交響曲第1番が失敗に終わった。
なので、第2番の第1章は苦悩
マチュー・マリンスキーを演じていたのは『ジュール・ベンシェトリ』
映画『ソフィー・マルソーの秘められた出会い』etc
祖父はフランスを代表する俳優ジャン=ルイ・トランティニャン。祖母は映画監督ナディーヌ・トランティニャン。父は映画監督サミュエル・ベンシェトリ。母はマリー・トランティニャン。
父親サミュエル・ベンシェトリが監督した『歌え!ジャニス★ジョプリンのように』に母マリー・トランティニャンは出ていました。
ピエール・ゲイトナーを演じていたのは『ランベール・ウィルソン』
映画『サハラ』『女優マルキーズ』『ブライトマン その旋律は暗殺の調べ』『フランス組曲』『修道士は沈黙する』『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』etc
エリザベスを演じていたのは『クリスティン・スコット・トーマス』
映画『フォー・ウェディング』『ミッション・インポッシブル』『イングリッシュ・ペイシェント』『モンタナの風に抱かれて』『海辺の家』『ルパン』『ずっとあなたを愛してる』『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』『サラの鍵』『砂漠でサーモン・フィッシング』『イリュージョン』『ウィンストン・チャーチル/ヒットラーから世界を救った男』
🎵ラフマニノフは
1895年ピアノ協奏曲 第1番を完成させ、
1897年ペテルブルクで初演されたが、批評家の酷評などにあい。大失敗。
ラフマニノフは自身喪失となり、作曲できないくらいになったが、
1900年ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調を作曲。
作曲家として名声を確立。
映画音楽に使用されたり・・
素敵な曲です。
こんなことがあったなんて知りませんでした。

