建仁寺
京都最古の禅寺。
建仁2年(1202年)開山は栄西禅師。開基は頼朝家。
宋国(中国)百丈山を模して建立されたようです。

栄西禅師は、一般には『えいさい』と読まれていますが、寺伝では、『ようさい』というようです。
永治元年(1141年)、備中(岡山県)吉備津宮の社家、賀陽(かや)氏の子供として生まれました。
宋に2度行き、日本に禅を伝えた人です。
また、中国から茶種を持ち帰り、日本で栽培することを奨励、喫茶の法を普及した『茶祖』としても知られているようです。

方丈
慶長4年(1599年)恵瓊(えけん)が安芸の安国寺から移建したもの。
大雄苑(だいおうえん)
『方丈』の前、枯山水様式のお庭。


法堂
明和2年(1765年)上棟。
天井に畳108枚分のスペースに描かれた、小泉淳作画伯の『双竜』
平成14年、創建800年を記念して描かれたようです。

竜というと怖いイメージがありますが、とっても目がかわいい。愛嬌のあるお顔です😍

大書院
風神雷神図屏風(複製)
本物は、『京都国立博物館』にあるようです。
印章はないが、『俵屋宗達』の晩年の傑作と言われています。

合澤翔子サンの書

茶席『東陽坊(とうようぼう)』へ

田村月樵 遺愛の大硯
京都洋画壇の先駆け。
1846 年、丹波の園部に生まれる。
幼年の頃から絵筆に親しみ、南画、日本画を描いていたが、陰影の不思議さなど油絵のもつ面白さに打ち込み、心血を注いでいたようです。
しかし、晩年は油絵からは遠ざかり仏画のみに没頭していたようです。

方丈の襖絵『唐子遊戯図』を描いています。


安国寺恵瓊首塚
天保7年(1538年)安芸国守護武田氏の一族として生まれる。
天保10年(1541年)大内氏との戦いで武田家が滅亡。当時4歳だった恵瓊(えけい)は安芸の安国寺に身を寄せる。
そこで、12年間仏道修行に精進。
その後、京都東福寺に入る。

茶席『東陽坊』
草庵式二帖台目席。
天正15年(1587年)に豊臣秀吉が催した北野大茶会で、利休の高弟 真如堂東陽坊長盛が担当した副席と伝えられているようです。

◯△□乃庭

3つの図形は宇宙の根源的形態を示している。
禅宗の四大思想(地水火風)を象徴したものとも言われています。
□地、◯水、△火。

唐子遊戯図
『田村月照』が描いたもの。
床壁貼付絵の月夜唐子舟遊図を主題とする。
葦茂る湖上に、5人の唐子が舟より月を眺めているらしいです。