全世界で累計6.500万部を突破し全世界の若者に影響を与えてきた“青春のバイブル”『ライ麦畑でつかまえて』の作者J.D .サリンジャーの物語。
1939 年の華やかなNY。
20歳のジェローム・デイヴィッド・サリンジャーは、大学に入学しては退学を繰り返していました。
作家になりたいと思っていたサリンジャー、ある日ナイトクラブで劇作家の娘ウーナ・オニールに出会い、一目惚れ。
彼女に近づくため作家と言います。

何度か、大学を退学していたサリンジャーですが、本を書き出版したいと思い『コロンビア大学』に入学。
そこで、文学誌『ストーリー』の編集者でもあるウィット・バーネット教授に出会います。

編集者バーネット教授のアドバイスのもと短編を書き始める。

ある日、編集者バーネット教授がサリンジャーの書いた作品『若者たち』を文学誌『ストーリー』に掲載。
そして、サリンジャーは原稿料25ドルを手にします。
サリンジャーは短編小説を書きますが、なかなか採用されません。
ホールデン・コールフィールドを主人公にした短編小説『マディソン街の反抗』が『ニューヨーカー』誌に掲載されることになるのですが、2箇所の訂正が必要だと言われます。

そんなとき、第二次世界大戦勃発、彼は陸軍に入隊し、世界の最前線での地獄を経験。
最前線の中、彼サリンジャーは『ホールデン・コールフィールド』について書き続けました。

終戦後、苦しみながら初長編小説『ライ麦畑でつかまえて』を発売。

80年代には、ジョン・レノン暗殺犯orレーガン大統領暗殺未遂犯の愛読書だったらしい。

大学に入学してもすぐに退学していたサリンジャーでしたが、いつも彼のお母さまは、彼を信じて応援していました。
『コロンビア大学』に入るときも、母親が、父親を説得しました。

父親は『家業を継ぎなさい』といっていましたが、『ライ麦畑でつかまえて』の出版を喜んでいました。
父親もピアニストになりたかったが、ユダヤ人である父親に『確実に稼ぎなさい』と言われた。という、辛い経験をしていました。

やはり何があっても、子供のことはいつも心配していますし、いつも応援しています。

劇作家の娘ウーナ・オニールは、後に『チャールズ・チャップリン』と結婚します。
チャップリンとの間には8人の子どもがいるようです。

J.D.サリンジャーを演じたのは『ニコラス・ホルト』
ヒュー・グラントの出ていた映画『アバウト・ア・ボーイ』『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』etc 
X-MEN シリーズに出演。

編集者ウィット・バーネット教授を演じていたのは『ケビン・スペイシー』
映画『ユージュアル・サスペクツ』『評決のとき』『アメリカン・ビューティー』『ペイ・フォワード 可能の王国』『シッピング・ニュース』etc。

父親ソール・サリンジャーを演じていたのは『ヴィクター・ガーバー』
映画『タイタニック』『キューティ・ブランド』『ボーダーライン』
テレビドラマ『エイリアス』では主人公シドニー・ブリストウの父親ジャック・ブリストウとして出演。
NHK でも放送されていました。