踊るためのアルゼンチン・タンゴから聴くタンゴに転化させた先駆者ピアソラの映画。

私のウオーキングのお供『ピアソラ』のタンゴ。
アストル・ピアソラの素顔を知りたくて観に行きました。
1921 年アルゼンチンのマル・デル・プラタにイタリア移民の子として生まれました。
足の調子が悪く、子供の頃何度か手術を受ける。
その後4歳の時、両親とNYに移り住みます。
父親は散髪屋を営み、家族を養っていました。
散髪屋の裏は賭博場だったようです。

マフィアとの繋がりがあったり、
母親は密売酒を作っていたり、
苦しい生活を送っていたようです。
 
ある日父親がユダヤ人のお店で中古の『バンドネオン』を買ってくる。
貧しい中でも、ピアソラには先生をつけて音楽を習わしていました。

15歳までNYで暮らし、その後両親とアルゼンチンに移住。
父親の経営していたレストランでピアソラは『バンドネオン』を演奏。

タンゴに限界を感じたピアソラ、音楽のコンクールで優勝し、もらった奨学金で渡仏。
クラシックの作曲家を、目指して。
パリで『ナディア・ブーランジェ』に師事。
その時、タンゴ演奏者ということは隠していたのですが、『ナディア・ブーランジェ』にタンゴこそがピアソラの音楽の原点と言われ、『タンゴ革命』に目覚めます。

パリから帰国後、『ブエノスアイレス八重奏団』を結成。
保守的なタンゴファンから猛攻撃を受け家族を連れて『NY』へ。

NYから帰国後、五重奏団を結成。

その後、『奥さんが恋人ではなく母親みたいだ』と言って家族を捨てて家を出て行く。

ピアソラの音楽もみんなに認められ、念願の『ベンツ』を購入。
しかし、その車は一年半ほどしか乗らなかった。
病気になったので・・

タンゴファンから猛攻撃を受け『NY』に移住。
家族を捨てて、音楽に没頭する。
etc・・
破天荒なところもありますが、
『ベンツ』が欲しいなんて、ピアソラもふつうの人間なんだな・・

映画を観た後、ピアソラの曲を聴きながら色んなことを考えながら、家路に着きました🎵