交響曲第9番『合唱付き』は、シラーの詩『歓喜に寄せて』をベートーヴェンが引用して書き直し、それに曲をつけた。
『シラーの生家』を訪れたので、やはりここに来なくては・・
って思い、デュッセルドルフ の帰り道に寄りました。
1770 年12月この家でルートヴィヒ・ベートーヴェンは後方の家(庭に面した家)で生まれました。
その後、ボンだけで3回も引っ越したそうです。
19世紀には前方の建物は居酒屋として使用されていたみたいです。
ベートーヴェンがボン時代に使用したヴィオラが展示されています。
ベートーヴェンは、ブロイニングの一家の子供たちにピアノを教えていました。
そのブロイニング一家のポートレートが飾られています。
ベートーヴェンは実母の死後、彼らの母親であるヘレネ・フォン・ブロイニングに母親的助言or精神的教育を受けていたようです。
ベートーヴェンは難聴が進行、その時に使った補聴器も展示されています。何種類も。
先がラッパのようになったもの、ひしゃくのような形のもの・・
難聴が進行していき、ベートーヴェンは、甥と弟に宛ててに書いた遺書も展示。
1817 年ロンドンのピアノ製作者トーマス・ブロードウッドが、ベートーヴェンに『ハンマーフリューゲル』を一台送りました。それが展示されています。
ベートーヴェンが誕生のした屋根裏部屋。
ベートーヴェンのライフマスク(41才の時)orデスマスク(死後12時間後にとられたもの)も展示。
1792 年ベートーヴェンはウィーンに住むヨーゼフ・ハイドンのもとで作曲を勉強するためにボンを離れます。
宮廷音楽家としてボンに戻ってくるつもりでしたが、
1794 年ライン地方をフランスが占領。宮廷が解散した為ウィーンに留まりました。
生涯、ボンに戻ることはできませんでした。
クラシックの好きなわたしにはとってもうれしい訪問でした。



