ダリダの最後の言葉『人生に耐えられない 許して』
映画の最後、涙が出てきました。
ダリダの本名は、ヨランダ・クリスティーナ・ジリョッテイ。
兄オーランド、ダリダ(ヨランダ)、弟ブルーノの3人兄弟。
父親ピエトロは、ヴァイオリニスト🎻
ダリダ(ヨランダ)は、赤ちゃんの頃、眼の病気になり何度か手術を受けました。
ミッションスクールに通っていたとき、メガネをかけていたため、いじめられていましたが、シスターがよく助けていてようです。
イタリア移民ということで、不当逮捕された父ピエトロ、警察から戻ってきた父ピエトロは、家族に暴力を振るったりと、家庭は大変だったよう。
しかし、ダリダ(ヨランダ)が12歳のとき病死。
16歳のとき、メガネをやめます。
眼の手術を受け成功し、積極的になり、
ダリダ(ヨランダ)は、コンテストに応募。
1954 年『ミス・エジプト』に選ばれます。
エジプトでは、映画にも出ていてようです。
そのときの芸名が、『ダリダ』
彼女ダリダ(ヨランダ)は、家族の反対を押し切ってフランスに行きますが、なかなかうまくいきませんでした。ナイトクラブで歌っていたとき、ラジオ局の芸術監督ルシアン・モーリスの目に留まり、シャンソン歌手としてデビュー。 ダリダ(ヨランダ)23歳。
『バンビーノ』は、3週間で30万枚の大ヒットとなり、ゴールデンディスクを受賞。
ラジオ局の芸術監督ルシアン・モーリスと愛し合いますが、当時彼ルシアン・モーリスには妻がいました。長い不倫の末、2人は結婚します。ダリダ(ヨランダ)28歳。
ダリダ(ヨランダ)は、子供を持つことを望みますが、彼ルシアン・モーリスは、ダリダ(ヨランダ)のキャリアを優先。
結婚1ヶ月後、ポーランド人の画家ジャン・ソビエスキーに出会います。一目惚れでした。
ダリダ(ヨランダ)は、ルシアン・モーリスとは離婚。
弟ブルーノのサポートもあり、元夫ルシアン・モーリスとは、ビジネスパートナーとしてうまくやっていき、歌手として成功を収めていく。
新恋人は、6歳年下のイタリア人歌手ルイジ・テンコ。ダリダ(ヨランダ)33歳。
彼と過ごすサンレモ音楽祭の夜、スターとしてステージに立つダリダ(ヨランダ)。
一方、一次審査で落選したルイジ・テンコは、自殺してしてしまいます。
彼の尊敬するハイデガーの言葉『人間は死に向かって生きる存在だ』のように・・
その後、彼女ダリダ(ヨランダ)は、自殺未遂事件を起こしてしまいます。
弟ブルーノが、プロデューサーとなり会社を設立。新しいスタートをきったダリダ(ヨランダ)37歳。
この年、元夫ルシアン・モーリス自殺。
ルシアン・モーリスとはビジネスパートナーとして離婚後も信頼関係を続けていただけにショックが大きかった。
新しい恋人は、サンジェルマン伯爵の生まれ変わりで錬金術と名乗るリシャール・シャンフレー。ダリダ(ヨランダ)39歳。
ダリダは、アラン・ドロンとのデュエット曲『あまい囁き』が大ヒット。
関係が終わっていた恋人リシャール・シャンフレーが自殺。ダリダ(ヨランダ)50歳。
数々の恋愛に悩み、愛する人との幸せな家庭を作りたいと望みつつも・・
会った男性とすぐ恋に落ちて・・
お付き合いは長続きせず・・
とっても寂しかったのだろう。
シャンソン歌手としては成功を収めていたが・・
とっても甘〜くとろけるような彼女の歌声🎵
聴いていて気持ちがよく、心が落ち着きます。
映画館で聴いた声が忘れられなくて、『Amazon prime』でダウンロードして毎日聴いています。
