『ウィットフィールド船長の家』11 チェリー・ストリートにあります。
予約してから行きました。
このお家に入るのに1人$10。
ジョン万次郎が住んでいた家です🏡

ジョン万次郎は仲間4人と漁に出て遭難。
無人島『鳥島』に漂着します。漂着から143日後アメリカの捕鯨船ジョン・ホーランド号により助けられる。

当時日本は鎖国をしていたので、外国船が近づける状態ではなく、そのまま万次郎を除く4人を安全なハワイに降ろし、万次郎はウィットフィールド船長についてアメリカに行きました。

万次郎は日本人として初めてアメリカ本土に渡りました。

万次郎はウィットフィールドの養子となります。
船名にちなんだジョン・マンという愛称をつけられました。
学校で英語・数学・・測量・航海術・造船技術etcを寸暇を惜しんで学びました。
首席で卒業。
卒業後、捕鯨船に乗り航海⚓️

日本に帰国することを決意。帰国資金を得るためにゴールドラッシュの起こっていたカリフォルニアに行く。
金鉱で得た資金で船を購入し、ハワイの漂流仲間のもとへ行き、日本へ帰ります。

☆ウィットフィールド船長の家🏡
{3FF68619-C831-496C-BE03-9D4FE6FD529F:01}

{3BFF4CF2-4AF0-4218-B1FD-45AC561B26A3:01}

{006B2C95-AC1F-481A-9773-B0763579DF06:01}

{0E3CF831-4726-4FBD-9928-50297028DA85:01}

ジョン万次郎は2階に住んでいました。

この家の横に、ウィットフォードの子孫の方住んでいらっしゃいます。
{94C21E56-4F8E-493B-8232-C6A71741EC08:01}

☆頂いたもの
{DEC24583-8FBD-402E-AD8B-3A15C794CB3F:01}

2階の窓から海をいつも眺めていたようです。
日本が恋しかったのですね。14歳ですもの。
しかし、長くはここに住んでいませんでした。
スコンチカットネックの農場で暮らしていました。
農場の横の公立のスクールハウスに転校したそうです。

☆ウィットフォード船長の家近くの海
{D156ADA7-4EF8-43AC-8403-CC6D9826E697:01}