聖書の舞台 イスラエルとパレスチナ
まさにイエス・キリストが生きた土地、聖書の地で今現在もイスラエルとパレスチナの終わりの想像すらできない争いが続き、第三者的な視点からすると、聖書の地であるならば共存して行くべきではないのかと、非常に短絡的かもしれませんが、そう思ってしまう。
スティーブン・R・コヴィー著 「7つの習慣」の中に「インサイドアウト」 「アウトサイドイン」の考え方が述べられており、抜粋すると
「私たち家族のメンバーは世界で最も一触即発の危険性をはらんでいる三つの国、南アフリカ、イスラエル、アイルランド、で生活した経験がある。これらの地域が根本的に抱えている問題は、アウトサイドインという社会のパラダイムにあると、私は確信している。これらに関係しているグループは、それぞれ問題は「外」にあると考えており、かれらー敵視している人々ーが態度を改めるか、あるいはいなくなりさえすれば問題は解決すると考えている」
インサイドアウトの考え方は「内」から変えていく、内部から変えていく、自分から変えていくというもので本当の勇気が試されるところでもあると思います。身近な人間関係でも思うところがあります、問題が起こったとき、まず自分の考え方、態度を変えなければ相手も変わらないということです。相手、「外」が変わるまで待つのであれば永遠に問題は解決しないかもしれません、本当に勇気が必要です。イスラエル、パレスチナの人々は個人レベルでも相手が変わらなければ、自分も変わらないというアウトサイドインの考え方の人々が多いのでしょうか、そうではないと思いますし、自分が接した人々はそういった頑なな人はいませんでした、国家レベルの争いで、聖書の舞台である聖なる地であるため両者とも簡単には譲れないのではと、第三者のこの問題には全くしがらみのない日本人である私の短絡的だと思われる意見ですが、イスラエル、パレスチナの土地、両者の宗教、民族の歴史の奥深くまで知り得なければ、理解できないのかもしれません。
イスラエルとパレスチナ
イスラエルによる先日の空爆によるパレスチナのガザ地区の惨状をニュースで見るのは辛い気持ちになります。
10年前に訪れたガザ地区は当時もいつイスラエルによる攻撃が起こってもおかしくない状況でしたが、人々は総じて明るく、ランドセルをしょった子供たちにも笑顔が多く、道行く人に「ジャッキー・チェン!!」「ブルース・リー!!」などと声をかけられていました。
自分の先入観はあっさりと崩れ、ニュースや新聞の報道にある意味で洗脳され、ニュースで報道されることは固定観念を植え付けることにもなりそうです。
もし実際にあの場に行かなければ、人々は常に緊張感を漂わせ、表情もこわばり、身の危険を常に感じるようなところなんだと思いつづけていたと思います。
建物は過去の攻撃による物か崩れかけたものが多く見られました。
当時のパレスチナの最高指導者のアラファト議長の自宅前には2トントラックほどの大きさの戦車を見たときには驚きました。
この両者の戦いは根が深すぎます、宗教戦争なのか、人種間の争いか、土地をめぐる物なのか、その全てかもしれません。
まだまだ世界の他の国々と比べてもかなり平和な日本人には理解するのは非常に難しいかと思いますが、しかし宗教や人種、土地にかんするしがらみのほとんど無い日本人にこそ出来ることがあるのではないかと思いますが、その何かが思いつきません、心に留めておこうと思います。
イスラエルの攻撃に対して非難することは簡単ですが、ただただガザで笑顔を振りまいてくれた子供たちがいまどうしているのだろうと心配でなりません。
イスラエルという国は戦うことがアイデンティティーになっているのかも知れません、戦うことでしか自分達を確認できない、生き延びることが出来ない、マサダの戦い、エジプトからのモーゼに率いられての脱出、ホロコーストの惨劇などの歴史は人々を危機意識で満たしているのかもしれません。
日本人にはこういうところでも理解が難しいところですが、生きる力、危機意識など忘れかけているところではないでしょうか。イスラエルの人々にしてみれば、そんなものはないほうがいいと思っている人々もいるかもしれません。
興味深い国 イスラエル
10年ほど前にイスラエルに3ヶ月滞在した時の印象が強烈なもので、以降はイスラエルについて興味がますますわいてきました。行く前はただ漠然と常に臨戦態勢の緊張感のある、日本とはまるで正反対の状況がそこにはあるんだと思い行くことに決めました。
イスラエルだけでなくパレスチナ自治区にも行きました。最近のイスラエルによる空爆があり、ますます気になります。
本当にこの戦争は根が深く宗教戦争なのか、人種によるものか、土地に根ざしたものなのか、なんだか日本人の私には手に負えません。
ですが気になるところではイスラエル滞在中にキブッツという集団農場で住み込みのボランティアをしていた時にそこではイスラエル人とパレスチナ人の数名が共存していました。あれはいったいどういう事なんだろうと考えてしまいます。