ラヴィリティアの大地第32話「理想の冒険者」後編 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

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森の都グリダニアの草木が森の精霊と束の間の逢瀬を重ねる麗らかな午後、物語のヒロインであるクゥクゥ・マリアージュと同じクランの槍術士(そうじゅつし)である木工師ルフナはグリダニア旧市街にあるマーケット『木陰の東屋』へ武器に使う資材を買い求めに来ていた。ルフナは申し訳なさそうにクゥクゥに言った

「悪いなクゥ、買い物に付き合わせて」
「ルフナ、何言ってるの!自分の武器作ってもらうのに一緒に買物くるの当たり前でしょう」
「本当は獣人のオウかオークに来てもらえれば良かったんだけど丁度居なくてさ」
「…っ」

クゥが小さく息を飲んだ後ルフナは自分が今のクゥの前で出していけなかったオークの名前を口にしたことにはっと気が付いた。にわかに顔が引きつるクゥを見てルフナも顔に出してしまう。ルフナに気を遣わせていることを瞬時に理解したクゥは覇気のない声で喋り始めた

「ごめんね、ルフナ。ルフナにもこんなに心配かけて…仲間内でこんなのよくないね」
「お互い様だろ、そんなの。小さな衝突ぐらいあるよ」
「優しいね、ルフナは」



力なく笑うクゥの顔がルフナの気持ちを締め付ける。ルフナももうだいぶ前からオークと同様クゥに片恋をしていた。クランに入ってから想いは加速したがクゥがオークを想っていることも、オークがクゥを大切にしていることにも早々に気がついた。わかっていてもルフナは自分の気持ちに折り合いが付けられず、ずるずるとここまできてしまっていたのだった。ルフナは自分の思いを抑えてクゥに“仲間”として声をかけ続けた

「オークのこと、好きなんだな」

クゥはうつむき加減だった顔をふっと上げてルフナの顔を見て緩く眉を寄せたあと目を伏せて小さく頷いた。またちくりとルフナの恋が自身の胸を焦がす。しかしクゥの次の言葉はルフナにとって意外な言葉だった

「でもね、自分でもよくわからなくなってきちゃってて。私オークのこと本当はどう好きなのかなって」
「え?」
「優しいところとか格好いいところとか考えたらたくさん出てくるけど、それってオークの上辺だけを好きなんじゃないかなって」
「そんなことないだろ、見た目からだって好きになることは人によってあるだろうし」
「オークのことをね、ある人に相談したら内面が美しいほうが好かれるんじゃないかって言われて。でも私は外も中もそんなにキレイじゃないから…ほら、平凡な女の子だから。やっぱり諦めなきゃだめかなぁ」
「クゥ…」
「なんか愚痴みたいになっちゃってごめんね」

小さく自分を指差して必死に笑顔を取り繕おうとするクゥを今すぐ抱きしめてやりたいと思うぐらいルフナは胸を苛まれた。ただネガティブになっているだけ、それがクゥにもルフナにも解っていた。ただクゥがわかっていないのは自分がルフナに想いを寄せられていること。自分のことで精一杯なクゥにルフナの気持ちを察するのは酷な話だった。たとえ伝えたとしても届かない無駄なのは解っている自分の気持ちと、オークへの理不尽にも小さい苛立ちの狭間で戦うルフナの胸の内はもう限界だった

(そんな顔するな、そんな苦しい思いをするぐらいなら…)

ルフナが口に出してはならない言葉をクゥにぶつける

「俺にしとけよ」
「え」

ルフナの言葉にクゥの思考が停止する。ルフナの真剣な眼差しにそれが軽い気持ちでないことは明白だったがルフナがすぐに次の言葉を紡いだ

「…て、言えたら格好いいんだろうけどな」
「あ、なんだ、びっくりした」
「だよな、なんかうまく慰めてやれなくてごめんクゥ。荷物寄越せよ、俺が一人で持って帰る」
「ルフナ、だめだよそんなの」
「いいから。エーテライトで飛べばすぐだしまた例のクランに戻るんだろ?少し散歩でもして帰ってやれよ」
「…ありがとう、ルフナ」

クゥはルフナの純粋な優しさに触れてやっと少し気持ちが軽くなった。ルフナを都市内エーテライトまで見送ってクゥはその場を後にする。荷物の整理をするふりをしながら遠くなるクゥの後ろ姿に目を細めてルフナは思い返した

(さっき“思いも寄らない”って顔してたな…)

そう、それは紛れもなくクゥの気持ちがルフナに微塵も無いという証拠だった

「本当の馬鹿だな俺は…」

解っていたはずだったのに、ルフナは小さく呟いた。今なら一縷の望みがあるかもと自身の浅はかで卑怯な言動に小さくない絶望を覚えた。これはルフナが決定的に失恋をした瞬間だった。


「ケイ、ルフナはまだ戻ってないかな」
「まだみたいだよ、オーク」
「そうか…」
「??」

クゥクゥの所属するクラン『Become someone(ビカム・サムワン)』がある冒険者居住区のラベンダー・ベッドの家。リビングで獣人オウとソファでくつろいでいた天使のケイに声をかけたのは、また一瞬だけ荷物を取りに戻ったが入れ違いに武器の資材をルフナと共に市内マーケットへ買い求めに行ってしまった、クゥの姿を探していたオークだった。その落ち着きのない姿を見咎めて、キッチンでハーブティーを入れていた女冒険者オクーベル・エドがわざとらしくオークに話しかけた

「クゥに何か急用か、オーク」
「オクベル、いや…そういうわけじゃないんだけど」
「そういうわけじゃないのにケイにいちいち尋ねたのか」
「…!」

オークは気がついていない。オクーベルはルフナに用か、ではなく“クゥに”と聞いたのを。オクーベルの執拗な質問に小さく肩を跳ね上げてオークは身を固くした。そう、オークも解ってはいるのだ。オクーベル女史のオークへの、大きくはないがさほど小さくない不満に。自分とクゥのあれそれをクゥが仲の良い女性メンバーに何も話していないわけがない。個人的な事とはいえクラン内の空気をわずかに曇らせている自覚はオークにも無論あったし、オークは仮にもこのクランのリーダーだ。クランリーダーとして内輪の揉め事を仲裁しなければならない立場において、色恋を脇に置いても“リーダーがメンバーと揉めている”ことにオクーベルは一人の冒険者としては純粋に腹を立てていた。女としてクゥに味方もしていたがこれは公然の秘密だ。今オクーベルに“何か”を言われてしまったら男の彼はただただ黙るしかない。獣人のオウですら口を挟むことを許されない若干緊張を帯びたいちクランのリビングの、火蓋を切ったのはまさかの天使ケイだった

「オーク、僕ねぇ身長がちょこっと伸びたんだよ」
「ケイ…?」
「天使の谷から降りてきてエオルゼアで生活してたからかな、このままならもっと身長伸びちゃうかも。そしたらさ」

ケイは気持ち良さそうにオークに自分のことを語っていたと思ったら急に大人びた顔つきでオークを真剣に説いた

「身長を飛び越したクゥに僕のお嫁さんになってくださいって言おうと思ってるんだ」
「…」
「オークはどう思う?クゥは僕の気持ちを受け取ってくれるかな」
「ケイ、それは…」

ケイの純粋で真っ直ぐなクゥへの気持ちにオークはたじろぐ。これはケイなりの叱咤激励だ、このぐらいで揺らいではいけない。一人の大人の男として毅然とした態度でいなければ、オークのくだらないプライドが矮小な自身を奮い立たせようとする。だが追撃するのは苛立ちを抑えてはいるが態度に滲み出てしまっているオクーベルだ。ケイに語りかけるようにオクーベルが話し出す

「やはりクゥは人気があるな、私もクゥが好きだ。素直で家庭的だしリテイナーの男達もクゥを狙ってる奴はけっこういるな。あれは誰かすぐ告白する、オークもそうは思わないか」
「いや、オクベル…」

普段女性事で迷惑を被っていてそれについて自覚無く改善がほとんど見込めないリーダーのオークに、言ってやったと言わんばかりにオクーベルが鼻を高くする。ぐうの音も出ないオークは顔がだんだんうつむき加減になる。その一瞬を見逃さずオクーベルは事の次第をぼうっと眺めている獣人オウにアイコンタクトを送る。オウははっと気が付く、ここでオクーベルに抵抗しても何も得などない。このクランで男の権力は皆無に等しいと自分の運命を全て受け入れているオウはオークにとどめの一撃を入れる

「オーク、確かにクゥは良い女だな」
「オウ、なにを…」
「俺は俺の種族以外に興味は無いし惹かれもしないが最近、種を越えてでも結ばれたいと思う相手が居るのもそう悪くはないなと思っていたところだ」
「君も、なのか?オウ」
「さてどうだろうな」
「…っ!」

“あ、余裕ないな”とリビングに居る誰もが軽く狼狽するオークを見てそう思った。オークのその様子にケイが言葉を重ねた

「オークはクゥのことどう思っているの?」
「俺は…す」
「す?」
「…すこし外を散歩してくる…」

オークはやっとのことでそう言い残し、皆に背を向けてその場を抜け出した。ラベンダーの家の扉がぱたんと閉まる。いつの間にか側に控えていたこのクランの裁縫師である武器職人スレイダーがティーセットを抱え、残されたメンバーに声をかけた

「皆さん、オーク殿をいじめすぎですよ」
「あ〜」

皆各々座っていた場所にのけ反り脱力する。オクーベル女史が最初に口を開く

「あともうちょっとで気持ちを吐露しそうだったのに」
「ね〜天使の僕もそうおもいまーす」
「まあ、あの二人がくっつくのももう時間の問題だろう。俺達にできるのはここまでだオクベル」
「そうだな、オウ」

オクベルは解っていると獣人オウに頷いてみせた。ソファに沈み込んだ天使のケイが潤んだ目でリビングの天井を仰ぎ見て独り言のように呟いた

「オークもクゥも、二人共幸せで居てもらいたいよ」

オクーベルもオウもスレイダーも、本当の天使であるケイのどこまでも優しさに満ちたその言葉に、温かな眼差しを送るのだった。


あくる日、クゥクゥは王家の依頼の際にまだ砂の家と呼ばれる場所に居を構えていた団体『暁』の本部があった、ベスパーベイという砂の都ウルダハから遠く離れたザナラーン最西端に来ていた。しかしこの日クゥの様子は普段とは明らかに異なっていた。若い男の誰もが彼女に振り向く。胸元が大胆に露出し、短めなスカートから除く真白な生脚が男達を魅了する。ひゅうと口を鳴らし囃し立てる者も居た。視線に耐えながら今クゥが世話になっているクランのメンバーの元へとクゥは足早に歩を進めた。するとリーダーの背中が見えてクゥは少し離れたところから呼びかけた

「お待たせしましたベルナンドさん!」
「クゥ、遅かったじゃないか。一体どうしたんだ…」

クランメンバーと熱心に打ち合わせをしていたクランリーダーと思しきベルナンドと呼ばれた男はクゥに振り向いたあと束の間ではあるが自身のクランの回復士(ヒーラー)の、いつもとは様子の違う装いに唖然とする。クゥにはおよそ似合っていない派手で光沢のある紫色のトップス、男受けしそうなシックで黒のハイミニスカート、唇には多少の紅が乗っている。その紅はクゥの幼げな顔からはとても浮いた存在に、ベルナンドからも他のメンバーからも見えていた。ベルナンド達から感じる疑惑に満ち満ちた視線はクゥも気付いてはいたがここまできたら引くに引けない。これは女の戦いだ、クゥは本気でそう思っていたのだった。クランメンバーのミコッテ族の女性メンバーがリーダーであるベルナンドに素早く耳打ちする

「ちょっと、これどういうことなのベルナンド。クゥ、なんか思い詰めてるじゃない何とかしなよ!」
「と言われてもな…」

ベルナンドはクランリーダーとしてしっかり仕事しなよと足で女性メンバーに小突かれた。心当たりはある、以前パーティー戦闘の合間にしたクゥとの世間話をベルナンドも少なからず覚えていたのだ。女の服装が突然変わる理由はおおよそ一つしか思い当たらない、ベルナンドは首のあたりを擦りながらクゥに声をかけた

「クゥ、こいつら少し別件で買い出しがあるようだからその辺に座ってちょっと二人で話さないか」
「わかりました、ベルナンドさん」
「行こう」

他のメンバーとしばし別れてベルナンドとふたりきりで話すことをクゥは承諾したのだった。


「で、俺に何か相談事があるんじゃないかクゥ」
「…なんで解るんですか」
「顔を見れば解る。これでも俺はクランリーダーが長いんだ、リーダーとしてクランメンバーの少しの引っかかりでも解決しなきゃならない」
「ベルナンドさんに…聞きたいことがあるんです」
「なんだ」
「男の人はどういう女の人が好きなんでしょうか。どういう佇まいなら好きになってもらえるんでしょうか…」
「それは前話していたお前のクランの男の話か」

クゥは喉がカラカラに渇き言葉がうまく出てこない。ベルナンドの顔を見つめた後くちびるをきゅっと結び俯きながらも首を縦に振った。ベルナンドは内心やれやれと思いながらも短く嘆息し一拍置いてクゥにこう告げた

「俺は惚れてる女ならどんな格好をしていても好きだけどな」
「!」

クゥは目を見開き元々羞恥心で赤くなっていた頬をさらに染め上げ弾かれたようにベルナンドを見つめた。しばらく見つめ合うベルナンドとクゥ。それは端から見れば初々しい男女のやり取りのように見えただろう。その決定的瞬間をすぐ近くで見ていた人物がいた。それはクゥの想い人であり、またクゥを密やかに想うこの物語の主人公オーク・リサルベルテであったー。


(次回に続く)

 

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