ラヴィリティアの大地第24話「針を持つということ」 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

【前回まではこちら】

 

 

グリダニアの陽射しは優しく暖かい。今、私がいる森の都グリダニアの冒険者居住区ラベンダー・ベッドは今日も穏やかな毎日を紡いでいる。冒険者達は夜通し駆け回る事が多く日中は不在か就寝していることが少なくない。私としては日々冒険に駆け回る仲間達の繕いものが捗るのでここは最高の場所だ。私はスレイダー・オキュベルト。しがない元冒険者のお針子だ

以前は剣士として冒険をしていたのだが随分前に冒険の最中、利き足に深手を負い冒険者を辞めて防具専門の裁縫師になった。冒険者として苦悩した時期も無論あったが今はそれも懐かしい。今の私にとって剣と針を持つことは同じだ

「スレイダーさん、また服が破けちゃったよ〜」
「ケイ殿、また木に引っ掛けてしまったのですね」
「僕はほら、弓術士だから木の上に登って上から矢を打たなきゃダメでしょ?知らないうちに破けちゃうんだ。こないだの戦闘もちょっと激しかったし」
「わかりました、お預かりしますね」
「ありがとう!!」

満面の笑みでお礼を述べる甘栗色の髪をふわふわとさせた小さな彼はケイ・ベルガモット殿。このラベンダーベッドに居を構える名もなきクランの弓術士だ。さらに彼は両の手に靴下を持っていた

「それからこれにも穴空いちゃった」
「これはこれは…ではこちらも繕っておきましょう。自分から言えて偉かったですね」
「ほんと!?僕エライのか〜」


そういって頭を撫でてあげると彼は気持ちよさそうにまた笑った。私は彼との会話を続けた

「穴と言えばケイ殿は天使なのに背中に羽は生えないのですね、てっきり私は背中に羽専用の穴を付けなければと思っていました」
「うん、僕は『天使の末裔』っていう種族だけど地上で羽は生えないんだ。でも天使の谷に居た時は生えてたよ。飛ぶのも谷で一番上手かったし一番早かったよ!」
「なんと…それは私も一度見てみたかったです」
「えへへ」

ケイ殿のことは実は以前から知っていた。天使が弓術士ギルドに加入してすぐ追い出されたらしいという噂が街でまことしやかに流れていたからだ。ケイ殿御本人は追い出されたと笑っていたが実際のところ現時点において今の弓術士ギルドマスターの腕を凌ぐ実力者だったからと、後に以前の仲間に知らされた。直にお会いして彼が百戦錬磨の達人であることは明白であった。天使とはこんなにも人と違うものなのか、関心のしきりだ。するとまたリビングにもう一人、屈強な体をゆっくり揺らしながら獣人の彼が部屋へ入ってきた

「すまない、スレイダー。俺のものも頼む。この間の戦闘で駄目になってしまった。直せるか?」
「どれ…ああ、縫い目が裂けてしまったようですね。糸が切れただけですからこれなら大丈夫です、直せますよ」
「そうか、いつも助かる。本当にありがとう」

彼の大きな体躯は人によって脅威になり得るがその姿とは裏腹に彼の振る舞いと言葉は何よりも優しい。申し訳無さそうに頭を下げる彼はこのクランの斧術士(ふじゅつし)、オウ・クベルニル殿。敵視を集めクランメンバーを守る、パーティー戦闘の前衛戦士だ。私は彼に声をかけ続けた

「オウ殿は前衛なのですから体や服に傷を負うのは当然です、遠慮なさらないでください。貴方に加減されては皆やりにくいでしょう、私も同じです」
「そうか、わかった。ではスレイダーも気は使うな、俺にはなんでも言ってくれ。力になる」
「ありがとうございます」

オウ殿は自身が獣人であること、人を萎縮させてしまうことがあることをよく解ってらっしゃるお方だ。より人らしく振る舞おうとする方だが時により人間のほうが獣に変貌してしまうこともある。彼のほうが余程本来の知性ある人らしい、本当の冒険者だ。私は彼ともっと話したいと思う

「最近のオウ殿の活躍は輝かしい限りですね。件の目標は達成出来そうですか?」
「ああ、だがまだまだだ。やっと俺の斧を見て自分だと認識してもらえるようになった。せめて俺の石碑には一族の名をいれたいところだ」
「今から楽しみですね」
「ああ」

私の言葉にオウ殿は優しく笑い深く頷いた。私がこのクランに住み込んで、初めて彼と深酒をしたとき打ち明けてくれた話が今でも忘れられない。彼は、彼の獣人種族最後の生き残りだそうだ。彼以外の一族は全て寿命で亡くなった。元々戦闘民族で数が減少していたそうなのだが彼の種族同士以外での交配がうまくいかず、傍目から見て目に見えた結果だったのだろう。何も求めず何も望まず緩やかに朽ちていく一族は、彼の目にはどのように映っていたてのだろう。彼は優しいから一族を哀れに思い、せめて一族の名前だけでも後世に残してやりたいと語ってくれた。その立派な想いに私は裁縫師として心底応えてやりたいと感じた。私こそ彼の力になれれば、と思う。そんなことを考えていたとき賑やかな声が家の外から聞こえてきた。突然玄関の扉が開く、

「あー!腹立つ!!なんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだ!」
「だからごめんって、オクベル!」
「オクベルちゃんもオークも、二人とも落ち着いて…」

青年を捲し立てているのはショートヘアの1人の女性。そしてその二人をなだめるようにもう一人、髪の長い女性の三人が家の中に入ってくる。彼らは…、

「本当に悪いと思ってるなら少しは私の話も意見を聞いてくれ、オーク!」


「ちゃんと聞くよオクベル、だから待ってくれって」
「一体どうされたんですかお三方。街に買い出しに行かれたのでは、クゥクゥ殿?」
「はい、スレイダーさん。そうなんですけどオクベルちゃんがちょっと…」
「街でオークの女に引っ叩かれたんだ!スレイダー」
「オクベル!それは違うって何度も言ってるじゃないか」

おやおやこれはこれは。ソファにどかりと座り込んだ、左頬を腫らし怒りに震える美しい女性。彼女はこのクランの魔道士、通称オクベル殿。改め、このグリダニアから少し離れた砂の都ウルダハで名の通る女冒険者オクーベル・エド殿だ。このクランの方たちは親愛の情を込めてオクベルと呼んでいた。私も彼らに習って彼女を呼んだ

「オクベル殿、誰に叩かれたのですか」
「街の女だ!あいつら思い込みが激しすぎる!」
「え〜オクベルー、それって冒険者なの?」
「ケイ、…違う。街の一般人だ、だからやり返せなかった」
「あ〜それは仕方ないね〜」
「冒険者じゃなければ力の差があり過ぎて対等ではないからな」
「本当だ、オウ!」

私はこのクランに来て日は浅いが、オクベル殿がこのように怒りに任せて息巻いているのは初めて見る。ウルダハではクールで人を寄せ付けない、顔に大きな傷を持つがスレンダーな美女だと評判の冒険者が彼女なのだ。羨む人間は居れども恨まれるような性分のお方では消して無い。同じ疑問を持ったのであろう天使のケイ殿はもう一度オクベル殿に尋ねた

「それにしてもなんでそこまで怒ってるの?その腫れ方、あんまり痛く無いでしょ」
「痛いもんか!私は冒険者だぞ、あのオークの取り巻き達いつもは私に慄いて何も言わないのに今日は言うに事欠いて私がオークとウォルステッドを二股にかけてると言い出したんだ!」
「え?本気で?」
「そうだ!寄りにもよって『あの』ウォルステッドだぞ!!そんなワケあるか!なんであんな男と…っ」
「それでオクベルちゃんが『オークさん可哀想!』てほっぺ叩かれちゃって…」
「だからそんなに怒ってるのかー」

話を聞き出したケイ殿はとても楽しそうだ。オクベル殿御本人がどこまでご存知かは計りかねるが彼女も昔から都ではちょっとした有名人で、オクベル殿に纏わる話は様々な憶測が飛び交っていた。顔の傷から推測されこのエオルゼアに跋扈する蛮神に一人で立ち向かい勝利したと始まり、果ては鎖国を続けていた国で龍を倒したなどとバリエーションが豊かだ。安寧に導いた国の高官からその美貌を望まれ求婚されたとまで言われているが私からはとてもではないが恐れ多く口には出来ない。彼女という人間は謎の多い女性なのだ。ひたすら憤るオクベル殿に先程から熱心に声をかける『彼』はとても大変そうだ

「だからいつも適当な女に愛想を無限に振りまくなって言ってたんだ」
「だけど冒険者として誠実に接しないとあらぬ噂が立つだろう?そうでなくても冒険者は怖がられたりするんだから」
「じゃあ可愛いだの綺麗だの素敵だのいちいち言う必要はないだろ!オーク、お前は過剰に女を褒め過ぎだって言ってるんだっ」
「そんな…スレイダーさん、俺は何か間違ってるんでしょうか」
「そうですねぇ」

現状にほとほと困り果てている彼は助けを求めるように私を見ている。オークと呼ばれるこの彼の名はオーク・リサルベルテ。このクランで巴術士(はじゅつし)を務める優秀なリーダーだ。まさに本当の冒険者らしい振る舞いをすることであらぬ誤解を受けてしまうのは言わずもがな彼の容姿のせいだろう。高い背に長い脚、はっきり整う顔。このエオルゼアではそれほど珍しくないが褐色の肌の男を好む女性も多い。特に冒険者ともなればその強さも相まってより格好良く見えるのだろう。そして立場はどうであれ彼はラヴィリティア王国の貴族の息子だというから女性は放っておかない。尚も救いの目を求める彼に私は助言する

「では相手の方の行動を褒める、というのはどうでしょう?でしたら容姿や装いに言及することは避けられるのではないでしょうか」
「! そうか、そうですね!わかりました、ありがとうございます」


「いえいえ」

とは言ったものの、恐らく今後この状況は好転しないだろう。彼の貴族らしい聡明な語彙力とこの容姿端麗さでは女性はおろか色んな人間を魅了してしまうと考えていい。私はただのお針子だ、実直を絵に描いたような彼を変える力など到底有りはしない。ラヴィリティア王国、彼の祖国は遠くない過去にカルテノーの戦いという戦禍に巻き込まれた国の一つだ。エオルゼアで最も人や他国を慮る国として広く知られている。彼が人格者であるのはそういったお国柄に他ならないと推察する

「オクベル、とにかく彼女達には俺から誤解を解いておくから」
「当たり前だ!対応間違えるなよ」
「わ、わかったよ、本当にごめん」
「あはは…オークも大変ですね、スレイダーさん」
「そうですね、クゥクゥ殿」

そう相槌を打ちながら彼を気遣う、少女のようなあどけなさを残す彼女はこのクランの要、回復士(ヒーラー)のクゥクゥ・マリアージュ殿だ。戦闘は回復士がいないと成り立たない、と言われる程貴重な存在だ。彼女の身の上は私がこのクランに加入したその日に聞いた。以前は農民をしていたが剣士だった父親を尊敬し、冒険者になる道を選んだそうだ。いずれ回復士を完全に習得したら剣士になると教えてくれた

「オクベルちゃんってすごいですよね、行く先々で声をかけられるんです。本当に美人だからオークと噂されるのもわかるんです、ただ…」
「?」
「私がオークの隣にいるときは言われたことないのに…」

クゥクゥ殿は語尾が小さくなりながらもそう呟いた。後から加入した私でもわかる、彼女はオーク殿を憎からず思っているのだ。本当のところは解らない、尊敬の念からくる羨望の眼差しなのかもしれない。だがオーク殿を追う彼女の瞳と横顔は熱情を宿していた。ただ自分の想いに少々勇気や自信がないようにも見て取れた。さすがの私も声をかけづらく傾聴することに徹しようとすると、すぐに彼女は喋り始めた

「なんて、私なんか身の程知らずですねっ」
「そんなことはありませんよ、人は誰しもその人にしかない魅力を持っています。クゥクゥ殿にはクゥクゥ殿の良いところがある。ここに来て数ヶ月経ちますが私の顔を見た沢山の方にクゥクゥ殿の様子を聞かれました。皆貴女を好いておられるようだ。それは尊いことだと私は思いますよ」
「そっか…嬉しい。教えてくださってありがとうございます」


「いえ、私は本当のことを伝えただけですから」

そう言って私は彼女と笑い合った。周りの彼女への人望はとても厚い。それは彼女が冒険者として困っている人の声に真摯に向き合い、依頼をこなす為に日々たゆまぬ努力を続けたからに他ならないのだろう。私は行く先々で彼女の話をされているととても暖かい気持ちに包まれる。彼女はこのラベンダーベッドに注ぐ太陽と同じ暖かさを心に宿している。私にはわかる、彼女が皆に好かれる理由が。これからもその良さを大事にして欲しいと心から願う。


前述した通り、私にとって針を持つことは剣を持つことと同じだ。必ず剣を持ち続けることだけが冒険や戦いだとは私は思わない。針を持つことで洋服を創る冒険が出来るし、冒険者の話を聞くのことが出来る。防具を整え戦場に送りだし、気持ちを傍らにおいて彼らと共に戦うことが出来る。それはとても幸せで冒険者冥利に尽きるのだ。彼らは今後どのような冒険をするのだろう、私はその先に想いを馳せるのだった。

 

 

(次回に続く)

 

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