日本現代詩人会28期(2023年1月~3月)において

「迷いびとの丘」が入選をいただきました

この詩は長年住んでいたイギリスの風景を思い出して書いたものです

どこともつかない北のほうの荒れたヒースの丘を描きました

 

サイトに全文が掲載されていますが

ここにも書きますね

 

 

迷いびとの丘   園 イオ

 

べとつく鉛色の霧が出た

途方にくれて湿原にしゃがみ込む

 

さくさく音をたてて

うしろから男がやってくる

二メートルはあろうかというほどの大男

ヘッドライトの豆電球の光は淡く

作業着の袖は擦り切れ

黄銅色の巻き毛がぶ厚く茂る首筋にまで

泥がこびりついている

いくら覗きこんでも顔が見えない

 

かすかに麝香のにおいがした

 

汚れた丸い爪が並ぶ指をひろげ

私の二の腕をつかんで

ぬかるみから引っこ抜く

大きな手なのに痛くもなく

ほんのり温かい

深い水たまりも番いのかげろうのように

点々と水輪を残しながら

飛ぶ 飛ぶ

顔に当たって胸から腹へ

どくどくと流れ込む霧の玉が生ぬるい

 

赤い実をつけたさんざしの木の下で

ふいに手が離れた

一本道の先に宿の灯りが見える

サーチライトの長い長い円錐が

湿原に吸い込まれていく

 

秋の霧が出ると現れるその男

炭鉱に近いこの丘陵地帯に迷い込み

死体も見つからなかった恋人を探す魂が

迷いびとを見つけ出しては

さいごに口づけを交わした

その木の下まで送り届けるという

 

 

 

 

私はむかしから炭鉱夫に妙に思い入れがあって

主人公にすえてみました

あるときロンドンの National Art Library (Victoria & Albert Museum 内)

 で調べものをしていたときに

白髪の警備員さんが「君にとって最高の文学作品て何?」って

帰り際に聞いてきたんです

私はすかさず『チャタレイ夫人の恋人』と答えました

彼はうぇっ?ホオ~ンって顔していました 笑

当時まだ二十代の眉間に皺をよせた東洋の大学院の学生が

そんな生なましい本を即答するとは思っていなかったんでしょうね

(性的描写は現代の目からしたらそんなでもないですよ

この本は地位とか資本主義、戦争に背を向けて

自然に素直に生きよう!みたいなテーマがすごいんだとおもいます)

おじさんは嬉しそうでした

私も迷わず口から出て自分でびっくりしました

この本も炭鉱とその持ち主の屋敷が舞台です

今は違う本を選ぶと思いますが

もうすでにこの本に自分のアイデンティティが歴然とあったんですね

当時の私は気が付いていなかった

なので不幸なときに自分が言ってることに注意を払うのは

とても大切なことだとおもいます

 

イギリスではみんな優しかったナ

お年寄りほどニコニコして話しかけてくれたし

助けてくれた

 

 

この詩もまた物語詩ですね

日本を舞台にしたものが主ですが

異国のものも浮かべば書いていこうとおもいます

 

選者の北原千代さんのおことばです

 

園イオ「迷いびとの丘」
ゴシックロマンのような童話のような、

これを詩と呼んでよいのか少し迷いがありました。

けれども、描かれたばかりの油絵の、

まだ濡れている画布を突きつけるみたいな表現には、

五感を妖しく揺さぶる毒の要素があり、

こういう濡れた毒を含ませるのはやはり、

他でもない詩の仕事のような気がします。

 

 

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時間をとって読んでいただいて評も書いていただいた

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