あの日から15年

震災関係の詩を一篇紹介させてください

これは介護の詩でもあります

災害、家族の生死といったテーマの前に

アートや、ましてや修辞はみごとに崩れ去ってしまいます

むき出しでしか書けない

それでは私の詩にならないから書かない

でも書かなければいけない

たとえ下手に見えても

それが自論です

この詩もまた未完成です

 

どうしても書かなければならない

どのようにしても書けない

 

そんな作品です

 

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「海の子」 

       園イオ

 

誤嚥 褥瘡 拘縮 せん妄

そんな大仰な言葉を使ったって

 

絶叫する 垂れる 漏れる

残る者が手放しやすいように

 

だからばあちゃんは三年のあいだ

一所懸命 漏らし 崩れ 

叫びつづけた

 

通夜の日五人の若い娘たちが

牡丹色のつむじ風にのって

ばあちゃんを迎えに来た

先に逝った妹のハマちゃんが

じっとこちらを見る

「こんなになるまで引き止めておいて」

 

お通夜の布団で胸と腹に

大きな保冷剤を四つ乗せられても

赤紫色になった唇から幾筋も血が流れた

ばあちゃんは思うままに決壊した

花冷えの候だというのに

もくもくと焚かれた線香の奥から届く

まぎれもない匂い

 

わたしの手のひらの

七色のことり 

すみれの花

小雪のまじりの三月のあの日

蔦のからまる家といっしょに

流されてしまえばよかったの

 

うす暗い和室の介護ベッドで助けを呼ぶ

にいさぁーーーーーーーん

おっかさぁーーーーーん

咆哮する浜通りの胴間声

狂気。

 

真夜中の台所で私はまな板に包丁をなんども突きたてる

アイスピックで刺されたような頭痛

血尿が止まらない

「ストレスですね」

若い医師は銀縁眼鏡の奥で目を伏せた

 

たまに正気にもどるとしみじみつぶやく

ああー泳ぎてぇナァ 

こんなんなっちまって

訪問入浴のにごったお湯の中でゆれる

しわしわで地黒のからだ

東京のことばを話す若いヘルパーさんには

んだな 

じゃなくて

ハイ ソウデスネ

手を握ってもらいながらいっしょに歌う

からす なぜなくの

瞳が日に日に灰色に透けていく

 

動かなくなった細い指と

曲がったままの膝

考えられなくなった頭で

三年一か月と一日の

長いさよならを言いにきてくれた

大好きだったにいさんと

泳いだ海には帰らずに

 

桜が蕾を持ったころ

一緒に看ていた従妹がインフルエンザにかかり

同じ仮眠用ベッドに寝ていた私も陽性になった

もうこれ以上だめなんだ

私は やっと手放した

 

桜が満開になった日

真夜中ちょっとすぎて

ばあちゃんは私の目の前で

突然シャッターを下ろした

百まで生きるって言ってたのに

あと五か月だったのに

ばあちゃんは東京で骨になった

太く長い骨から湯気が立っていた

 

満州からの引き上げ家族に割り当てられた小さな家

蔦のからまるその家で

ばあちゃんは独りで

三人の娘を丼飯と納豆で育て上げた

 

いまはコンクリートの基礎だけが残っている

いまは一面のセイタカアワダチソウ

 

海が見える東向きの傾斜に墓がある

 

 

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こちらは私自身が朗読したものです

ばあちゃんの面倒を見た東京の家の部屋と

写真も載っています