【最終回】BORDER Brunei to Japan ロストバゲージ | IORI handmade 旅と絵

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美大院卒→フィレンツェ留学→世界一周→結婚→出産→子育て 旅の絵を描いています。InstagramとYou TubeチャンネルもIORI handmadeです。
女1人で世界一周をして50ヵ国以上周りました。今は家族でバックパッカー。

このブログ実はこれが最終回なんですが、日本に帰るとか帰らないとかよりも、ちょっと小説だと思ってー、コーヒーでも飲みながら読んで頂けますか笑。

私の荷物をめぐって、トロント空港とW航空会社とA航空会社の四者壮絶なる戦いの全貌を!


【最終回!バックパックと別れたバックパッカー】
ロストバゲージ対策にどうぞ。

<10/3>
フランクフルトからアイスランドのレイキャビクを経由してその日のうちにトロントに行くはずだった便が遅れたため、当日に乗り継ぎができず、レイキャビクに1泊する。(髪もカラダもハンドソープで洗う笑。)レイキャビクの空港には荷物はなく、トロントにあるんじゃないかと言われる。

<10/4>
朝のアイスランドの高速を1時間半歩き空港へ。あの手この手で探すもやはり荷物はレイキャビクにはない。僅かな希望をトロントに託し飛行機に乗り込むも、トロントに荷物はなかった…。まだフランクフルトにあるんじゃないかと言われ絶望。とりあえずトロントでロストバゲージレポートを作成してもらう。

<10/5>


昨晩緊急で必要になった下着や洋服などの保険金請求手続きを始める。W社に航空機の遅延証明書をPDFで送ってもらう。

昼からアメリカに向けて移動。夕方ボストンでトランジット中、トロントで滞在していたホステルから連絡が入る。「荷物について空港から電話があったけど、日本に送ってもらう?それともキープしてもらう?」と。詳細がわからなかったが、それ以上何を聞いてもホステルからは返事なし。あやふやなまま夜11時にニューヨークに到着。

<10/9>
アメリカを4日かけて横断中。乗車中に空港やW社に連絡。W社からの返事は常に定型文だけで、全く仕事をしてくれない。しかしトロント空港からは次のような連絡が入る。
「5日にあなたのホステルに、折り返し連絡してほしいと伝えました。実はあなたのレポートの連絡先がすべて間違ってましたので、荷物はまだここにあります。明日10/10のA航空会社○○便で成田に送ります。」
間違った連絡先って何?それは後々わかりますが…。とりあえず所在がわかり一安心。

<10/18>
いくら待っても成田に荷物は来ない。一旦落ち着いたので毎回定型文しかよこさないW社に電話する。「今現時点では荷物がどうなってるかわからないし、クレーム対応には6〜8週間かかるから、何かわかったら連絡します。」とクソみたいなことを言われ殺意が芽生える。

親に成田にあるA社に連絡してもらう。A社いわく私の荷物はまだ届いてないし、送られた形跡もないと。まだトロントにあるんじゃないですかと言われる。しかしトロントからは「ファイル上は10/10の○○便で確かに送ってます。成田にないとおかしい。申し立てはW社に言って下さい。」
と言われる。

<10/19>
成田は「ない」という。トロントは「送った」という。それをW社に言ったら「あなたの荷物が紛失に遭ったことをとても残念に思います。」と、また定型文を返され、簡単に紛失扱いされたことで怒りが爆発。ボロカスに書いたクレーム文を送る。

お前らのア○ルから内臓引き摺り出してミキサーにかけたあと丁寧に裏ごししてから、ひんやり冷やしておいたグラスに注いでストローでチューチュー吸うたろか!!


おえ…笑。


って、まさかこんなこと言ってないすよ笑。ただ内心は間寛平みたいに「血ぃ吸うたろか〜」状態だったって話です笑。

闇だ。

闇である。

<10/20>
ネットが安定したタイミングで、今度は私から成田のA社に電話をする。神対応の日本人女性にマジで感謝。私のレポートの連絡先不備がここで明らかに。私はきちんと連絡先を書いていたのに、ファイルを作成する段階で、係員がすべて間違って写し取っていた。それを全然関係ないのにA社が神対応でトロントに修正依頼してくれた。その日の夕方、再び成田A社から実家に連絡が入り、やはり成田にはないことがわかる。

それを受け、私は再びトロント空港に連絡して
「あなた達は荷物をまだ送ってない。間違いなくそこにある!ファイル上だけじゃなく、もう一度きちんと確認してくれ、間違いなくそこにあるんだから!」
と、正しい連絡先も添えて送る。

<10/21>
朝、ついにトロントから運命の連絡が入る。

「あなたのバッグを10/20今日のA社○○便で成田に送ります。実はまだ送られておらず、ここに取り残されていました。あなたは成田でバッグを受け取るためにA社にコンタクトを取って下さい。なお、連絡先に関してはすべて修正しました。荷物が遅れて申し訳ありませんでした。

今度は荷物の管理番号も添えてありました。途中から成田でピックアップするということにしたので、この連絡を見てどんなに嬉しかったか…!!

それに、ここで初めて「申し訳ありませんでした」の言葉が聞けたこと。それが何よりも何よりも嬉しかったんです!!

<10/22>
トロントがついに荷物を発送した旨、成田A社に伝える。荷物のタグ番号まで添えて。しかし今度はA社が「まだ届いてない」と言う。「トロントが「確実に送った」と完了形で言ってきたらもう一度連絡下さい」と言われ、速攻でトロントに連絡。やはり今度は確実に送っている模様。任務は完了していた。

毎回私のカオス英語を理解し、きちんと返事をくれるフランクさんが言うから間違いないと、顔も知らないカナダ人に一目置き始める。

<10/24>
再び成田A社にその旨伝える。しかし話は振り出しに戻り、やはりないと言われる。もしかしたら貨物扱いになってはいないか、と。


そもそもですね…と空港の荷物システムと航空会社同士の提携の仕組みについてイチから説明され、素人のくせにやたら詳しくなる。

その内容はことごとく成田に荷物が辿り着けないことを裏付けるものだった。A社は大元のW社から、私の荷物に関するすべての番号、ジャパニーズデスクの連絡先を聞き出して下さいと言う。

見えない。

何も見えなくなった。

もう何をどうしたらいいのか分からない。


この話の難点は以下の通り。

・大元のW社が一切助けてくれない。
・W社が成田に就航していない。
・トロント空港がA社に委託している。
・W社とA社が一切関わりを持っていない。
・その間に入り荷物の発送を請け負うトロント空港が、Swissportという、事故荷物や貨物を扱う会社のラッシュタグというものを私の荷物につけている。ラッシュとは空港用語で「事故手荷物」を意味する。ただしこれは全世界共通のXHから始まるタグであり、これだけではA社も調べられないという。

頼みの綱はトロント空港のみ。

乗客には成田空港の荷物管理局?の問い合わせは開示されていないので、A社のカスタマーサービスだけでは限界がきていた。彼らも匙を投げ始める。

帰国まで、時間がない。

すべての怒りを再度W社に電話でぶつける。案の定、うんこ会社は「トロント空港に言ってくれ」と言う。

そこでついに怒りが爆発した。

「お前らの飛行機を使ったんだ!お前らも荷物を調べる義務があんだろうがあ!!」

と、自分でも引くくらい怒鳴りつける。そしたら今から言うメールアドレスに詳しく書いて下さいと言われ、いつも定型文しかよこさないお馴染みのアドレスを言わる。

言葉を失った。

オッケイ♥サンキュー♪

殺。


この瞬間をもって

ついに怒りは消え

悟りの境地に降り立った。


日本からも親が様々な連絡先を調べてくれて、その都度そこへ連絡した。スイスポート成田にも話したし、なんか知らんが血迷ってフィンランド航空にも連絡した笑。意外にもそこがめちゃめちゃ丁寧に有力な情報をくれた。

その情報を再度A社に伝える。すると

「実はこんなに追跡できない荷物は過去にないんですよ。もう自分たちだけでは分からないので、今お客様のお父様の連絡先へ、成田空港から直接電話してもらうように手配しているところです。」
と言われる。


ついに、成田の中枢が動き出した。


私が日本の電話番号を持たないので、入電はすべて父が受けてくれていました。

もう、待つしかない。

これでダメなら諦める…か…。

諦める。

A.. KI.. RA.. ME ......RU...

諦め…


られるわけなかろうがぁあ!!このボケカスぅう!!

私の相棒は必ず成田かトロントで待ってるんだから!!


数時間後。

父から連絡が入る。

「もう一回トロントに連絡してみて。」

「やっぱり成田にはないらしいよ。」
という連絡だと思っていた。

ところが


「成田であんたの荷物、見つかったげなよ!」


・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・



・・・・・・お父様!!



ぎゃああああああああぁぁぁあああぁぁ!!!!!


怖い怖い怖いぃぃぃ笑!!!


いつもクソじじいと罵っていた人の声が、神に聞こえた。

成田空港の偉い人T氏がお父様に連絡をくれて、私はすぐに折り返しました。

Skype大活躍。

そのT氏。

成田の航空会社をコントロールする力を持っていました。
トロントのタグをつけた私のものであろう荷物がA社の旅客機より発見されましたと。貨物ではなく、手荷物として。

荷物の到着はトロント空港が現地日付20日に発送した翌々日、日本の日付の22日。

待ちわびたその言葉。

喜ぶ間もなく、T氏は
「それでですね、ここからが大事なんです。」
と切り出し、私が成田に着いてから行うイレギュラー手続きを事務的に手際よくかつ丁寧に教えてくれました。

私がいつ何便で日本に入国するのか、そして成田にはいつの何便で到着するのかを聞き出し、そこから時間を割り出して、成田に到着した際に私を荷物まで誘導するA社の社員を迅速に手配してくれました。そこには全日空ANAの協力もありました。

もはや一大イベント笑。北島三郎の「祭り」状態。

私は成田に着き次第、その誘導に従い国際線の税関で荷物が保管されている場所へ向い、うまくいけばその日のうちに連れて帰れるのだと。

…と、ここまでがブルネイ滞在時の話です。W社って書いてますが、以前の日記にばっちり名前出してます笑。ちなみに彼らからも後にきちんとした謝罪の連絡が入りました。

無視してます笑。


成田で荷物が発見された。

だけどそれって本当に私のなの?

もし違ってたら?

今度こそ立ち直れない……。


前置きが長くなりましたが、そんなこんなでブルネイから1回目のトランジットであるクアラルンプールへ向けて移動しました。
 

一昨日ホテルまで連れて行ってくれたタクシーのおっちゃん、時間より少し早めに迎えに来てくれました!

「おはよう!ブルネイはどうだったー?」
って、笑顔で。
 

ちなみにこの国は道路に監視カメラがあって、下手な運転ができないらしいです。

さすが!治安はむちゃくちゃよし。
 

多くの人がありがとうくらいの日本語なら知っています。穏やかで、親日家が多いです。
 

そして1年ぶりにやって来たマレーシアで、名物ホワイト・コーヒーを飲みました。

余談ですがクアラルンプールに着いて、流動的にトランジットエントランスに行き、荷物チェックを済ませ、出発ロビーに出たはいいものの…

あれ?

次のボーディングパス持ってないけど笑?

どこで受け取るの?普通トランジットって、専用のチェックインカウンターがあるんですけど、、、

なかったじゃん笑??
 

やばいなと思いつつもフードコートでナシゴレン食べました笑。しかも最後なのでナシゴレンスペシャルを注文。
21リンギくらいしました。まあ、500円位ですけど。

2回目のトランジット先はまさかの北海道、新千歳空港。南国から一気に雪国へww

ナシゴレン食べた後一度通った荷物チェックの所に行き、おっちゃんに
「ここ通ったけど、私パス持ってないんだよね。」
っつったら
「WYH?」
って言われて私も
「WYH?」
みたいな。

だけど笑って逆戻りさせてくれました。よく見たら奥の方にデカデカとトランジットカウンターって書いてありました。わかりにくっ笑!

中国人&マレーシア人の搭乗率99%のエアアジアのジャンボジェットに乗り込み、3人シートを1人で占領しベッドみたいにして寝ました。
 

明け方、千歳空港では私のトランジットの間に友達がわざわざ会いに来てくれました!


日本円にテンション上がりました笑。
 
 


ラーメンとかコーヒーとか全部ごちそうしてくれて泣けてきます!


私が漫画とか映画が大好きだから、おすすめの漫画もプレゼントしてくれました号泣!


パンまで頂いてしまいました…。DONGURIという店のパンは北海道でも人気があるんだとか。
このチクワパンが美味すぎて腰抜かしました!!

チクワの中にシーチキンマヨネーズが入ってるんです!も〜なんてことでしょう!!
 

いつか絶対乗り込むぜ北海道!!暴れてやるから待ってろ!

そして新千歳空港を経由して、ついに運命の成田に辿り着きました!乗り換え多すぎ!すべては相棒に再会するために!!

夕方、ターミナル3から移動し、成田国際空港ターミナル1へ。


「YOUは何しにニッポンへ」に遭遇wwwww
テンション上がりましたが、今はそれどころではありません笑。

テレビクルーを横切り、指定の場所に着きました。そこでしばらく待たせてもらうとA社の社員が私を迎えに来ました。
「もうそこに荷物持ってきてます、こちらです。」
と言われ、到着ロビーからどんどん逆流誘導され、ついに税関まで案内されました。

さらにそこにはT氏ではない、また別の偉い感じの税関職員が待っており保管場所に連れて行かれました。
「アレです…。」
と言い柵の向こうを指差されました。私はそこに目をやると、信じられず一瞬言葉を失くしてしまいました…。

その先にあったのは……



間違いなく私のバッグです涙!!!


実に24日ぶり!!

感動の再会ww

この旅で1番会いたかった奴!!
え〜ん!!寂しかったよ〜!!邪魔だなんて思ってごめんよ〜!!
重いだなんて思ってごめんよ〜!!もう預けたりしないから許して〜笑!!

偉い感じの人に、中身をすべて出され、確認されました。下着だろうとなんだろうと関係なく。
きちんと全部ありました。ドイツもカナダも大事に扱ってくれてたんです。

それを横で見ていたA社の社員がボソっと一言。

「こんなことって…普通ありえませんよ。これは奇跡です。」

え?

なんでですか?

「成田に乗り入れしてない航空会社の荷物が、第三社(A社)の飛行機を使って本人不在で荷物だけ辿り着くなんて不可能です。税関問題もあるし、それにこれには本来、国や警察の許可が必要で、それが無理ならもう手元には戻らないんですよ。

でも何故それができたのか、ちょっと分かりません。日本だから…送ってくれたのかも…。」
と。

さらにA社はこう続けました。
「22日にこの荷物が突然ここに着いたんです。でも私たちは当初お客様が言う内容と、この荷物が結びつかず、これがその荷物なのかと一致するのに時間がかかってしまいました。申し訳ありません。」
と。

空港のことは今もよく分かりません。分かりませんけど…


だったら私がその不可能を可能にしてやんたんだよ!!!

奇跡を呼ぶ旅人!!

わっはっはっ!!


それに千歳空港の税関も成田空港の税関も、みんな私の世界一周の話を楽しく聞いてくれたので、私もなんだか嬉しかったんです!
え!一人で?すごいねー!って。

そんでひっぺがえした荷物の中には英語の参考書も入ってて「これは?」って聞かれたんで
「少し語学留学もしたんです。」
って言ったら
「へー、偉いねー!」
って税関職員が褒めてくれました笑。

とにかくよかった!よかった!よかった!!
 

コノヤロー!!


心配したじゃないかー!!

いやーね、しかしなんでこんなに会いたかったかというとですね…、実は……

この中に36万円入ったデビットカードと運転免許証が取り残されていたのですよ笑。

完全にアホやったね。いや、クレジットカードなどは全部持ってたんですが、バックパックにこれだけ分散させてたんですよ。

よかった、よかった!!結果オーライ。


そしてこの時をもって、フィリピン留学以来頑張ってくれたこちらのサブバッグを、成田空港に処分致しました。

ご覧の通りパックリ裂け、接続もボロボロだったんです。限界でした。よく耐えてくれました。

このスーパー長い日記、一貫して伝えたいテーマは…


いかに私という人間が気が長く、かつ寛大で寛容であるかということです(ホントかよ)笑。


もう日本ではそーっとしといて下さい笑。ひたすら映画見てますから、どうか探さないで下さい笑。


最後にこれから旅をされる方に向けて大事なことを言います。

旅の資金をぶっちゃけますと300万円。その内保険が27万。さらにそっからフィリピンの語学学校が17万くらい、ウクライナから一時帰国した航空券が7万くらい。

36万、わざと余らせてるのは日本での再出発費用です。だからざっくりと旅の資金は…

14ヵ月で210万円。


そんでドバイやクウェートみたいな物価の高い国にも行って、ロシアまで行ってみました笑。あの船も260ユーロくらいしましたし、アメリカ横断も240ドルくらいしました。

んで予防接種も全部で10万円したかな?

実際この210万で可能な限り自炊し、でもあまり節約せずに45ヵ国周りました。

今、トータルで51ヵ国です。

節約すれば南米やアフリカにも行けたでしょう。それはまた次回ということで。語学学校に行かなければ北欧やイギリスも周れました。


あー、疲れた。いや、あんまり疲れてない笑。


東京にいる間にやること、荷物遅延と盗難の保険金請求www
あとsimカードも買わなきゃだし。毎回東京滞在はなぜか時間に余裕がない。


どうでもいいけど東京5年ぶりです。

街中にいる日本人達がひたすら怖い笑。東京は驚くことばかりだ。みんな何考えてるのでしょう。得体がしれません笑。

宇宙人ww


泣き笑いの14ヵ月は瞬きの間に通り過ぎました。



〜最後に私を支えてくれた人たちへ〜

大大大好きです!!!

バカな私のバカな旅に付き合ってくれて、本当にどうもありがとう!!

私はこの目で見てきた。
世界は想像以上に楽しいんだって!!