私は我が強かったと思います。

表面的な自己主張はそれほどなかったと思うのですが

心の中では、

私は…私が…

と、いつも考えていたように思います。


なので私は

自分の努力を

少しでも多く認めてもらおうとしていました。

他人が下す、自分に対する評価は

2割引きくらいに見ておいたほうがいいと言われるように

他人と自分の評価では開きがあるものですよね。

その評価の開きに不公平感を感じ

自分で勝手に落ち込んだり

被害妄想したり

マイナスの感情を増幅させてしまっていたように思います。


自分の我を捨て、ある程度の結果で満足できれば

不満やストレスもそれほどたまらないように思います。


「いい結果を出している人がいるのに私は…」

「いい評価をもらっている人がいるのに私は…」


そう考えるのではなく

「私よりいい結果を出せたんだ

彼も頑張ったんだろうな

おめでとう

私もいい評価をもらえるようにもっとがんばろう」

そう相手を認めることができれば

自分の評価にも納得ができるようになると思います。


そして、負けてしまった時には、潔く負けを認め

グッドルーザー(good loser) になることがいいようです。

潔く負けを認めることができれば

なぜ負けてしまったのかを

客観的に敗因を分析でき、

自分の足りなかったものを

素直に探すことができるようになると思います。


素直に負けを認めることができず

自分は負けていない、運が悪かっただけと考えてしまえば

表面的なプライドは守られると思いますが

自分をいい方向に変える努力に結びつけることができずに

負けた経験が生かせなくなってしまうと思います。



また

潔く負けを認める効用はそれだけではないようです。

それは次のチャンスが回ってくる可能性が高くなるということです。

頑張って、潔く負けた人には、好感が持てますよね。

そういう人には、またチャンスを与えてあげたいと思うのではないでしょうか?




「経験とは、失敗すること」

という言葉をどこかで聞いたことがあります。

チャンスを与えられなければ失敗はできませんよね。

グッドルーザーになれば

次のチャンスを与えられる可能性は高くなると思います。



人は負けた時にこそ

真価が問われると思います。


なぜなら負けを認めることは

すごく勇気のいることだと思います。


負けを認めるということは

今までの自分を否定することにも繋がっているからかもしれません。


グッドルーザーになるには難しそうですね。

負けた時には、この言葉を思い出し

次に繋げられるように心がけたいと思います。