あなたにとって明日という日は、

もしかすると

あなたの為だけの

素晴らしい明日なのかも…!?

 

そんな明日に夢見ることは、

あなたに勇気を与え

希望を抱かせてくれる

あなただけの素晴らしい明日に

変えることなのかも…!?

 

なぁ~んてね 叫び

 

 

 

そんな気がするもぐ爺です。 なぁ~んてね 叫び

 

出来得る限り、そんな日々を目指し、心掛けながら随分長く生き、暮らしてきたつもりでしたが、結果としては、何かを替えることも、変えることも、代えることも、換えることも出来ない侭、いつの間にか老い耄れてしまった感が残るもぐ爺です。

 

未だ若い頃に掲げていた夢や目標、目指していた目的や甲斐等々は、恐らく何一つ叶えられない侭、結果としては何もかも達成できない侭、等々の侭、今に至る自分の不甲斐なさには呆れ返るばかりです。 

 

もう少し、もう少し、もう少しだけ、過ぎる時間の早さと言う恐怖を実感できていれば、もぐ爺も何かを替え、変え、代え、換えられたのかも知れません。 

 

まぁ、時間の早さという恐怖を目の当たりにしてきた今だからこそ、そう言えるのかも知れません。 とは言うものの、老い耄れた今でも新たな明日に夢見、希望を抱くもぐ爺がおります。

 

時間の流れの早さという恐ろしさや怖さを知ったからこそ、見られる夢も、抱ける希望も、目指せる目標や目的地等々が、うっすらと見えてきたのかも知れません。

 

分相応の、もぐ爺だけの素晴らしい明日を…、

分相応の、もぐ爺だけの勇気や希望を抱かせてくれる、

分相応の、もぐ爺だけの素晴らしい明日は、

もぐ爺の何かを変えられる可能性も見出せるのかも…!?

 

そんな現実にもう少し早く気付いていれば…、気付けていれば…、年長者等々のご意見や箴言を聴けていれば…、真摯に聴くことが出来ていたとしたら…、もしかすると全く違う人生が歩めた可能性にさえ、今は納得する日々です。 

 

もぐ爺も、高齢者と称される年齢に達していることを鑑みれば、時間の早さという恐怖を、次代を担う方々に如何にお伝えすることがベストなのか…、どうお伝えすれば真にご理解頂けるのか…、等々…、等々…、等々すべきなのか…、それこそが年長者としての真の使命ではないのか…、日々そんなことを考えるもぐ爺です。

 

そう言えば、先日ある方に「もぐ爺は、自分の人生は仕合わせ(ハッピー)な人生だと感じているんですか、幸せ(ラッキー)な人生だと感じているんですかはてなマーク  それとも、不幸な人生だったと感じているんですかはてなマーク」と問われました。

 

後悔という悔いは、後に悔いとなるのか、それとも悔いを後に残すのか、人ぞれぞれ異なった考え方があるんでしょうし、人それぞれ異なった受け止め方があるのかも知れませんが…、

 

いずれにしても、悔い改めると言う聖書の言葉通り、一度選択した答えや言動等々を改めることは可能だとしても、決して遣り直すことは出来無いのかも知れません。

 

悔いは、例え後に改めることが出来たとしても、その事実や真等々を、変えることも、代えることも、替えることも、換えること等々の出来ない侭、悔いとして残した侭で終わります。 

 

未練なら、幾らでも遣り直すことも、事実や真を改めることも、変えることも、代えることも、換えることも、替えること等々も可能なのかも知れません。 

 

悔いとは、決して遣り直せない過去。

未練とは、未だ遣り直せる未来かも…!?

 

そうもぐ爺は考えておりますので、躊躇無く「数多くの未練は残した侭になっておりますが、大変仕合わせ(ハッピー)な人生だと感じておりますし、非常に幸せ(ラッキー)な人生だったと感じています。」と、胸を張って答えました。

 

その根拠は、多少なりとも今こうして皆様方とお話しをさせて頂ける環境がある程度整い、ご相談に見える方々に恵まれておりますので、これで良かったと感じています。 

 

自分が仕合わせ(ハッピー)だと感じていれば、仕合わせ(ハッピー)になれるのが人という動物ですし、幸せ(ラッキー)だと思えば幸せ(ラッキー)を実感できるのが、人という我が侭で自己愛の非常に強い動物です。

 

致し方のない結果だと思えば、致し方のない人生だと感じるでしょうし…、不幸だと思えば不幸に感じるし…、恵まれていないと感じれば、恵まれない部分の自分だけが露わになります。 

 

常に満たされていないと感じれば、自分が満たされない部分だけを探してしまうのが、もしかすると人という我が侭な動物の性かも知れません。 非常に強欲でありながら、無責任に無い物ねだりを最優先してしまうソウルの脆さと非常に臆病で我が侭な真があるのかも知れません。

 

決して負け惜しみや負け組の遠吠え等々ではなく、今現在自分にあるものに…、今満たされている部分が確かにあることに…、だからこそ今、命があること等々に…、真に感謝できない方を…、真に気付けない方々を…、もぐ爺は最も不幸な方だと思っています。

 

老い耄れた今日現在であっても、もぐ爺にしか迎えられない明日があり、もぐ爺にしか期待できない明日があり…、もぐ爺にしか観ることの出来ない明日夢あり…、もぐ爺にしか叶えられない希望があり…、もぐ爺にしか抱けない勇気があり…、もぐ爺だけの素晴らしい明日があることこそが、分相応のもぐ爺の仕合わせ(ハッピー)であり、もぐ爺だけの幸せ(ラッキー)な明日だと、もぐ爺は考えています。

 

何もかもが、自分次第でどうにでも考えられるのが、ある種人という弱い動物の自己防衛本能であり、価値観であり、主観であり、達成感であり、満足感であり、しあわせ感等々なのかも知れません。

 

そうお答えすると、質問をされた方は「なるほどひらめき電球!! そう考えられれば…、そう受け止められれば…、そこに気付ければ…、人は誰でも真にしあわせを感じられるというのが、もぐ爺の一つの方程式なんですねひらめき電球!?」と、納得されました。

 

 

全くの余談ですが、今回の帰省迄に5パーセントの減量目標を無事達成し、意気揚々と宮城県仙台市の主治医の元を訪ねましたが、主治医曰く「恐らく、持病の悪化が最大の原因だろう!!」と一蹴されてしまいました。

 

結構がんばったつもりでしたが、持病の悪化が原因とは…、情けないの一言です。 更に、これ以上持病が悪化した場合の不安が残る為、宮城県仙台市の主治医の目の届く範囲へ戻るのか、それとも石見地方の医師に今後を託すのか、早々に結論を出すよう言われてしまいました。 

 

さぁ~て、もぐ爺は一体どうすればいいのかはてなマーク 

そんなもぐ爺でも、明日に夢見、期待をする日々です。

 

お立ち寄り頂きました皆様方にも、もぐ爺同様に皆様方だけの新しい明日が訪れ、皆様方にしか観ることが出来ない可能性が訪れ、皆様方にしか抱けない目標や目的があり、それぞれの皆様方だけが成せる何かが待つ新しい明日に、新たな皆様方の明日の姿が、真に新たな皆様方の姿になりうるのかも…!? なぁ~んてね 叫び

 

新しい明日に夢見、決して勇気と希望を失わず、目指したい目標を抱くことを決して忘れず、諦めず、自分だけの新しく明るい明日に何かを期待をすることは、人として今日を生きている真の証しなのかも…?

 

なぁ~んてね 叫び

 

ゴールデンウィークと称される大型連休でお出かけの方々もお出でかと存じますが、くれぐれも心身無事を最優先され、御身ご自愛頂きまして、ご安全に移動されてください。

 

なぁ~んてね 叫び