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ヤフーのニュースページ。トップにピッカリ座倒産のニュースが出ていました。
ピッカリ座と聞いて誰が反応するんだ?と言う位マイナーな人形劇劇団なのですが、私にはとてもゆかりがある劇団なので驚きました。
学生時代、演劇部にいた私は照明の技術を会得すべく、募集など出るはずのない舞台照明のバイトをすべく、タウンページで舞台照明の会社に近い順で電話をかけました。
当然そんな電話をいきなりして決まるはずはないと思っていましたが、バイト代は要らないから交通費や食事など、出費がなければタダ働きするという好条件。
意外にもあっさり、5社目で面接に来てと言われ、浮間舟渡の小さな会社へ。条件確認と履歴書を出して採用して頂きました。
初仕事は1月。千葉の劇場。ピッカリ座の公演でした。大雪が降り、早めに出た私は間に合い、二人遅刻。ピッカリ座の公演では照明は4人1チームですが、この日は社長と社員三人。社長が出てくるのは殆ど無く、この日が最初で最後でした。色々と話をして面接も兼ねていたのでしょうが、短時間でしたが色々教えてもらい、勉強になったのを憶えています。
雪で遅刻者が出た為、初日から色々と活躍できましたが、人がいない時等偶に呼ばれ、炎天下の野外コンサートに帽子もない状態で行って死にかけたり、沢田研二のコンサートを手伝って本番の客席で大音量の中爆睡したり、大劇場でバレエの照明をやった後で、劇場の人に頼んで小劇場の東京乾電池の芝居を見せてもらったり。色々な経験をしました。仕事をしているうちに、社長一人だけの小さな会社にスカウトされ、給料を貰えるようになっていつの間にか断る事が多くなり、フェードアウトしてしまいました。
これも変な縁と言うか、狭い業界で、こちらはピッカリ座の照明がメイン。ほぼ毎週あるピッカリ座の公演に呼ばれて関東一円色々行きました。夏、冬には旅周りがあり、1週間ほど劇団と一緒に旅をしながら毎日公演。名古屋、新潟、東北。毎晩飲みがあり、社長が飲まないので余り参加はしませんでしたが偶に誘われ、人形劇役者さんの苦労や演劇論を聞いたものです。
実際劇団だけで食べている人は数人で、殆どがバイト。学生さんも多いですし、フリーと言うか、他に仕事を持っていて公演の時だけ入る人もいました。生活がかかっている事ですので深刻な話も多く、役者を続けると言うのは大変だと身にしみました。
子供向けの人形劇ですが、不思議なもので表情のない人形もうまい人がやると泣いたり笑ったり見えてくるものでとても深い世界でした。何百回見たかわかりませんが、かなり駄目だし出来るレベルにまでなりました。
結局卒業するギリギリ、就職前日まで続けて。照明会社に内定をもらいましたが、多数の照明さん達に、いつでも戻ってこれるし苦労するから新卒のうちに就職しろと説得され就職。就職後人が足りないと1日だけ呼ばれた事がありましたが、それ以降照明をやる事はありません。
私の照明時代の殆どを占めた劇団。まさかヤフーのトップに出るとは。
何だかしんみりしてしまいました。
長文すみません。