添乗員 森田 世界の旅 -23ページ目

添乗員 森田 世界の旅

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ハネムーン

2021、埼玉の夏も絶好調な8月、

5日ぶりに朝の日差しを浴びるとよろめいた。

 

6月に始めた夜勤のバイト、そのサイクルはというと、

16時に椅子に座り、職場での仮眠を挟み朝9時を迎え、

再び仮眠室で朝弁当を食べて休み寝ると16時。

 

職場からアパートまで40分と帰れる距離ではあるが

少しでも長く寝ようと思うと仮眠室での睡眠が望ましい。

 

よって4連勤が続いた5日目の朝、

家に帰ろうと、椅子から立ち上がると骨と筋肉に衰えを感じ、

外の陽を浴びたらよろめいた。

 

Dが足りない、リポビタンでなく

明らかにビタミンDが足りない。

 

そう思った私は、関東平野のど真ん中に建つアパートに

帰るとティーシャツ短パンでママチャリに乗り

荒川の河川敷へ向かった。

(イメージ画像)

日本一の川幅を誇る鴻巣市の荒川は、無駄に河原だけが広い。

幼少時には退職後の祖父母が借りていたレンタル畑に

手伝いに行ったものだが、今ではレンタル畑もだいぶ減った。

(イメージ画像)

私は河川敷に着くと、シャツを脱ぎ短パンの裾をブリーフの

裾に突っ込みブルマみたくしママチャリにまたがった。

 

上の写真がイメージなのは、カゴに入れたスマフォで写真を

撮ろうとしたらすでに熱すぎて熱暴走していたからだ。

 

草は緑のままだが既に香ばしい、

天気予報によればこの夏一番の40度、

1日のオフがサイコーの日光浴日和に恵まれた。

 

8月10日だった。覚えてる、

この日私は44になった、

いや覚えていたのは、

 

あなたが生まれた日、お母さんは土手を散歩してたの、

ものすごく暑い日で、産気づいて病院に行ったのよ。

と、言った生前の母の言葉だった。

 

そんな母の事を回想し、

祖父母のレンタル畑で種まきや収穫の手伝いをした頃を

思い出し、

ハエがたかる程のゆっくりとしたスピードで

3時間ほどママチャリを漕いでいたら、

青白い体が理想通りの真っ赤っかになった。

                     (つづく)

 

※事情により2日間ほどブログを空けますが

異変②をお待ちくださいませ、想像を超える

異変がこの後私の体に起こりました、、