5月17日、ポンペイ。
ナポリを中心に半径30㌔は世界一世界遺産密度が
濃いのではないか、と思っている。ナポリ市内に
アマルフィー、カゼルタの王宮にカプリ島は違うが
大きな見所で、そしてここポンペイ。それらはローマの
とか中世の、と言う括りでなくギリシャから現在までが
幅広く散りばめられてバランスも良い。
ナポリの隣、ここポンペイは僕の思うところローマ世界の
遺跡で一番面白く、見応えのある場所。
背後の山はヴェスヴィオ山、欧州大陸唯一の活火山はこの
2000年間で大小23回の噴火を繰り返すが、ポンペイの町を
火山灰で覆い隠した79年8月24日の大噴火では火口もろとも
吹き飛び峰を二つに分けた。左側の高いソンマ峰が1277m。
上は後にフォーラムの語源となるフォーロ、ローマの町の
中央に置かれる広場だ。市民達はここでフォーロ(情報交換)
をした。
ローマの遺跡はここポンペイを見れば後はどこも同じ作り、
フォーロにはローマの信仰のトップに立つジュピター(ゼウス)
の神殿があり役所があって裁判所があり市場と両替所などが
囲う。
ここには数枚しか残っていないが地面には白い大理石の床が
敷かれた。
その点では今回みたクロアチアのザダールにはそれが
そのまま残っていたが。
フォーロを囲ってアーケードは1層でなく2層式だったが、
残念な事に79年の大噴火の前の63年に大地震があり倒壊して
いた。噴火はそんな復興作業中の出来事だった。
剣闘士養成所、その先にある市民権の取得を夢見て住み込みで
技を磨いた。
中には銭湯アイドルの純烈の人の様なモテ男もいて、
女人禁制の部屋から男女重なるように亡くなった遺体が
発見された。
お上は市民に娯楽をパンとサーカスを提供しなければ次の
選挙に受からない、ここは劇場だ。
上水下水は完備で家だけでなく公共の場にもいくつもの
水汲み場がある。
水道教で運ばれてきた水がこの高床式の地下で焚かれた薪
で熱され公衆浴場で市民は風呂に入った。
半円形に石が詰まれたところは火山灰の重みなどものともせず
内部の壁に描かれたフレスコを色と共に残した。
邸宅に残るモザイクの床、家は夏冬2つの大小中庭を囲む
造りに2階建て。
ポンペイには海の魚にオリーブオイルと言った地中海世界
どこにでもあるものから、軽石や花崗岩などここにしか
ないものも多く、商人達の暮らしは特別豊かだった。
風呂を出た後はタベルナで一杯やりながらおつまみを。
ローマ街道を通ってきた馬車が町には入り車道を通り
市場で荷を下ろすが、ローマ時代の馬車の規格は共通だった
のでワダチが線路の様に刻まれる。
雨が降れば車道に落ちた馬の糞は川の様に流れる水が車道
を綺麗にした。草履を履いて暮らす市民の足が濡れぬよう
歩道から歩道には歩道橋が設置された。
79年の噴火で15000人の町の2000人が命を落とし町全体は
火山灰で覆われた。そこは18世紀に果樹園の農夫が井戸を
掘った際にいくつもの彫刻などが発見され、1861年のイタリア
統一以降から現在まで本格的な発掘と修復が行われている。
この時代の市民生活が手に取るように感じられるローマ遺跡
はここが一番だと思う。
今日もポンペイ人が生きているかのように。
では、カメオを買って、アマルフィーに行こうか。












