パリのフリータイム、少しだけ街に出てみた。 | 添乗員 森田 世界の旅

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5月13日、パリ。

とある旅行会社主催の

芸術家の愛した街を訪れる珠玉のフランス8日間、と

題したツアーはパリに3連泊と言うのに魅力を感じた方が

多いのだろう、

と言うのもシャンパーニュ地方を訪れるのと、

フォンテーヌブロー城へ行くという2つのオプショナルツアー

が紹介されていたが誰も興味を示さなかった。

 

お楽しみのフリータイムを前に僕が案内することは、

まずホテルから最寄りの地下鉄駅まで歩いて見ること、

自動券売機で切符を買ってしまうか、その操作手順を

目にして頂くこと、

そしてホテル最寄り出口の番号を覚え無事にホテルへ帰れる

自信を持つこと。

各自努力され無事にホテルへ帰還された方から電話が入る、

すみません、部屋番号を忘れちゃったんだけど、、、

そうホテルの住所だけでなく日々変わる部屋番号も記憶

すると良い。

ヨーロッパでは地下はあまり充実しない、2000年前の

ローマ時代の何がしが出るからだ、

その点シテ島だけのパリや海を越えたロンドン、ローマ

時代のなかったマドリッド等は地下の鉄道が充実していて

路線は東京を上回る。

○号線、どちら方面、乗り換えと出口の現地語表記さえ

押さえれば欧州での自由行動時どこへでも行ける、

3回ぐらい間違えておけば後はもう大丈夫。

 

終日フリータイム初日、僕は当分の間フロントにいて

お出かけされる方をお見送り、

午前10時に、

パリの休日は貴方と一緒に過ごしたいの!

と言う方でなく取り合えずあまり何も考えてなかったから

触りだけでも一緒にと言う方がロビーに集合、5名様。

あれっ少ない、

やはりこの珠玉のフランス8日間に参加された方は目的を持って

自由時間に参加された方が多いのだろう、

ところで今タブレットでシュ、タマと打っている珠玉と言う漢字

を何と読むかわからない僕はツアー中一度もテーマを口にする事

はなかった。

最寄り駅の名はporte de pantinオレンジの5号線、

あっちとこっち、どっち方面に行くかは看板で確認し、

紫2号線と交わるjaures駅でsortie出口でなくcorrespondance

乗り換え2号線の矢印へ進みporte dauphine方面へ。

降りたのはcharles de gaulle etoire駅、そう凱旋門。

ナポレオンのアウステルリッツ(現在のチェコブルノ近郊

アウステルリッツにてロシアオーストリア連合軍に勝利した)

の戦いの勝利を記念したもの、

ナポレオンはパリにローマをリバイバルし建てた凱旋門の中から

(エトワール)凱旋門。

僕は写真を撮るだけで良いと思ったが、5名様の意思で上がる事に。

ルノワール、それは喫茶店、

エトワール、それは光り輝く星、

星の光線はここを軸に12方向へ輝きを放ち

一本はさらに西へ伸びる20世紀の新興地区へ、

2方はセーヌ川向こうの19世紀万博地区へ、

一方はおおシャンゼリゼ通り旧王宮ルーブル方面、

一方はサクレクール寺院建つモンマルトルの丘の方へ。

12の放射へ入り出る車は正にカルーセル。

高さは50mだが思った以上に素敵な眺めだった。

シャンゼリゼ通りを歩き

ルイヴィトンの店を写真にだけ撮り。

エッフェル塔は昨日見たから、まだ見ぬ方向へ、

 

セーヌ川に架かるポンヌフ橋を渡りシテ島

そうノートルダム寺院へ。

1163年に建設が始まり200年ゴシックの先駆けとも言える

教会を見る、

列柱とステンドグラスはまさにゴシック。

ちょうと寺院の前にてパン祭が開催されていた。

ここで軽く昼食でも良かったが雰囲気的に夜は案内なしで

良さそうだったのでカフェーで食事をしてみた、

メニューの見方や支払いの仕方を経験した。

 

僕との時間がよほどつまらなかったのか、食後1組は

お元気にオルセー美術館に、2組はオペラ座へと地下鉄を

乗りこなし向かわれた。

 

午後4時ホテルのフロントのソファーでコーヒー片手に

書き仕事の書類を広げいちよう存在をアピールする。

見上げるテレビでは昨夜起きたオペラ座近くの通りで

男が刃物を振り回し複数の通行人が死傷したニュースが

流れている、これがイスラム過激派メンバーのテロか

ただ影響を受けただけの妄想家か、ただの通り魔か、、、

フランスは、パリはあらゆる意味で懐が広い。