6月9日、ベオグラードからの午後。
サバ川の西側はユーゴスラビア時代に拓けた工業団地が並ぶが、
現在あらゆる工場跡地に21世紀型の新都市計画が進行中、
ここもまた次に来た時にはウォーターフロントが完成する。
87㌔、平原を走ると麦畑に、北緯44度ではこれから咲こうか
というヒマワリ畑、ブドウやアプリコットの畑が続く。
sabacというサバ川の流れる町で昼食を、
僕の写真は旨そうではないが、Grandska kafanaという名の
レストランは数回目だがいつも美味しい(鶏の胸肉の
ベーコン巻き)。
さらに西へ210㌔、通常2時間の計算も、
時速90㌔で走れる国道も時速60㌔しか出せない化学薬品を積んだ
トラックが追い越す時速30㌔(古いため)のトラックを
追い越し、
時速15㌔の麦畑帰りのトラクターを追い越していると
結構な時間を要する。
しかしまぁ、今のヨーロッパのドライブは高速道路で目的地を
点と線で結ぶ中、下道を走り農地に牧草地に農家の集落を
抜けて行くのも悪くない、
サバ川の支流ドリア川、この川の向こうは
ボスニア・ヘルツェゴビナだ。
川の両サイドで出入国の手続きを済ませると、サラエボまでは
一山(ディナールアルプス)を越えて行く。
ボスニアに入ると通り過ぎる集落にはモスクの塔(ミナレット)
が見えてくる、
正教(セルビア)とカソリック(クロアチア)の狭間で
生きたスラブ人は、16世紀
この地を支配したトルコ人が信仰するイスラム教を選択した。
それはオスマントルコの時代が終わりトルコ人が去った後も
スラブ人により信仰と文化は引き継がれている。
大分山をを登った、どこまでも拓ける山の放牧地にはまだまだ
牛や羊の姿はまばらだが、天気がよく気持ちの良い眺めの
なかトルココーヒーを頂く。
ドライブの途中、青空に満月が浮かぶ、
イスラム暦で今は8月目、そう断食の月だ、
大嵐関(エジプト人)を思い、ハリルホジッチ(ボスニア人)
の事を心配する、采配を見誤らないだろうか?、
相手はイラクか、どっちもどっちだ。
断食月が終わると羊を食べる月(犠牲祭)がやってくる、
時折みる羊も間もなく食べ頃だ。
ボスニアの南部は緑豊かな山岳地で(松やブナ等)
林業も盛んだ。
山を越え、ボスナ川が形成したサラエボ渓谷へと下ると
そこは、、、サラエボ。
日も傾き始めた(現在の日没20時26分)頃ホテルへと
到着した。








