添乗ノート、マチュピチュ村温泉とマンコ皇帝 | 添乗員 森田 世界の旅

添乗員 森田 世界の旅

放浪癖 バックパッカー 酔っ払い まじめな添乗員 恐妻 かわいい子供
ハネムーン

今日はマチュピチュ村を出る日。
2泊する予定も1泊となったホテルエルマピは村の
ど真ん中にあるホテル。朝早く目覚めたので
朝5時からやっている温泉をノゾキに行く。
 
村に1泊以上するならばお客様には水着を持参いただく。
僕もいつの頃からかマチュピチュ村と言っているが以前は
アグアスカリエンテス(温泉)村と言っていたっけ。
村のメイン通りを登っていくと
 
 タオルやビキニ貸しのお店がある水着持参でなくとも
3ドル程だったか。ちなみにビキニは上と下を合わせた
値段、当たり前か。
その先にマチュピチュ温泉の入口。
 
 外国人料金は10ソル(ドルで4ドル)、しかしここからが
少し運動、
 
 アグアスカリエンテス川に沿って150mくらい上る、
秘湯にでも行く雰囲気だ。
 
 1ソルで借りられるロッカーがある受付。
 
源泉かけ流し、僕はゆったり入る時間はないな、と
思い料金所のおじさんに、ちょっとノゾかせてケロ?
と尋ねたら、行きなさい、と言ってもらったのでちょっと
混浴風呂の男たちを盗撮させてもらった。
この環境、確実に気持ちよさそうだ。
 
  
 エルマピホテルに戻って朝食を。
行列のできる幻のオムレツ焼き屋さん、このお兄さん
ひとつのコンロとフライパンで特別他と変わりない味の
オムレツを焼いてくれるのだが、超弱火で恐る恐る卵を
焼くため1枚に5分ほどかかる、6人並べば30分待ち。
僕はいまだに食べたことのない幻のオムレツだ。

 
 
 村の中心はここもアルマス広場、クスコからここに
至るまで銅像といえば9代皇帝パチャクテ帝だ。彼は自分
がつくったマチュピチュの方角を眺めている。
インカ帝国と言うものを現在に伝える張本人パチャクテ、
クスコはじめ彼が築いた物が世界の観光地となり9割以上の
人が現在観光業で食べている事を思うと大変偉大で
ありがたい人である。
 

手前ので迎えてくれている男女はインカ帝国初代皇帝(神が
つくった太陽の子)マンコ カパック、そしてその妻ママオクリョ。
1533年スペイン人フランシスコ ピサロの部隊に捕まり
金を積むだけ積まされた後処刑された13代皇帝アタワルパで
実質インカ(およびアンデス文明)は終焉するが、その後
アタワルパの弟で10年後10万人の部隊を率いて
スペイン人に反抗し(負けた戦争)処刑される
15代皇帝マンコ インカで完全に終わる。

(音読しないでください)そう、インカ帝国はマンコに始まり
マンコに終わるのだが、その非常に大切な部分は日本語
的に問題があるため
NHKも池上さんも教えてはくれない。

銅像と言えばマチュピチュを世界のマチュピチュにしたと
言っていい フジモリ元大統領のがあっても良いが、残念ながら
フジモリ氏の偉大な功績が語られるのは刑務所で死した後
かも知れない(ノーベル平和賞を取ってしかるべき人物だ)。
その歴史はまたいつかにし、
もう一人マチュピチュ村において偉大な人もフジモリ氏より
先輩にあたる野内与吉氏(1895~1969)、現在の村と豊かさの
基礎を築いた初代村長(1941~)である。
彼についてもまたいつかにするが、野内氏の出身である福島県
大玉村(立派な名前だ)とマチュピチュ村は先月姉妹都市となり
来年にでも野内氏の銅像はここに建つ予定だ。

さて、やることは全てやった。雨季のなか非常に天気に恵まれた
タイミングで過ごすことができたマチュピチュ。
思い残すことはない。列車に乗って次へ行こう。