つづき
チンチェーロ村から一般道に出たが
予約しているマチュピチュゆきの列車にはもう
間に合わない。今日中にまだ2便あるがそれらも予約で
満席だ。
しかし考えてみたらこのストライキによって乗ることの
できない人々が沢山いるはずだから列車は空いているのでは
なかろうか?、そう思いながらオリャンタイタンボへ向かった。

雨季が始まりアンデス3000m級の村むらの広大な
ジャガイモ畑に紫、白の花が咲いていた。
あの舗装されていない山道で大雨に降られないで
本当によかった。
ペルーレイルのチケットオフィスへ行くとやはり残りの
19時発、21時発はともに満席、明日の一番の列車6時は
あるとの事、これは想定済み。
セニョリータ、満席の予約の列車は途中のストライキの影響で
今日誰も来ないと思うから売ってください。
明日があるって言ってるでしょ?
なにをそんなに急いでるの?、と言った具合だ。
僕はただカッコつけたいだけで、この状況の中今日中に
マチュピチュに行けたらカッコイイなと思っているわけで。
行きたいのならば出発1分前まで駅で待機して空いていたら
乗って良い、との事。そりゃそうだ。僕らも予定便をキャンセル
せずにここまで来たが皆そうだ。
寒くなり高度も高くその上悪路を進んできた疲れを雰囲気に
感じる。駅で待つのは諦めよう。
それに今はまだある明日のチケットもこの先僕らと同じような
状況の人達に買われるのは時間の問題だ。
セニョリータの言う通り明日一番のチケットを購入した。
ホテルもここから30分戻ったウルバンバ村のホテルアグストゥス
が取れた。現地手配会社ビアッヘスパシフィコ砂糖さんの
手配はいつも素晴らしい。グラシアス。
下を向いてホテルへ向かうだけも芸が無い。
さすがにお疲れの雰囲気のお客様とガイドちゅらさんだが
すこしウルバンバの谷の観光をしてもらってホテルへいこう。
オリャンタイタンボも観光だ。
インカ時代の宿場町(タンボ)はクスコ同様スペイン人
に奪われるが、その時代の用水路や下水道に石畳、家の石壁と
頭より下にインカ時代があり頭より上にスペイン風の民家に
すむ現代の生活がある。

村の背後の崖の急斜面には段々畑と太陽神殿の建つ遺跡
がある。深い渓谷の日当たりの良い岩肌に段々畑を築き
土を運び、太陽の近い所に神殿を作り、反対側の陽の当たらない
崖っぷちには穀物倉庫の遺跡が見える、なぜあんな不便な処に
穀物倉庫をというのは5000m級の山からの吹き降ろしの冷たい風
に谷間の村よりさらに乾燥した無菌状態にあるからだ。
南緯13度は亜熱帯でありウィルスの宝庫とも言えるが2800mは
生活がしやすく無菌であることにインカの繁栄がある。

この女の子は民族衣装を身につけた可愛いモデルさんだが
この村にはインカの時代のままの素敵なお出かけ着の
おばあさまが今でも沢山村を行き交う。

もう見えないかな、ウルバンバへ向かう道すがら
最近できた崖っぷちの絶景カプセルホテルがある。
先々週の週刊誌フライデーに載っていた、袋とじで
なかったので僕はコンビニで立ち読みしたがなかなか
スリリングな絶景ホテルだった、日本のお笑い芸人が
泊まりに来るのもまもなくだろう。

ウルバンバの川に沿ってとうもろこし畑が広がり
インカ時代から人々はとうもろこしの発酵酒チチャをつくり
飲んでいる、この道を走ると赤いビニールを巻いた竹竿を
立てかけている民家が沢山ある。それは
チチャ出来てました!というサインだ。
そんな造り酒屋に立ち寄ってみる。
酔っぱらいが支払いを賭け絶対に負けられない勝負に
挑むコイン投げゲームで遊ぶ。

暗くて見えないが酒屋の奥様が一室でチチャの作り方を
解説してくれ、その後太陽と大地の母に感謝して
チチャを頂く。
そろそろいい時間だ、ホテルに入ろう。
そして早く寝ようこれ以上の問題が起こらなければ明日
朝一番でマチュピチュだ、寝る場所が変わっただけで
オリャンタやウルバンバで楽しいことも出来たので良しとしよう。
しかしゆったりの旅程でよかった。日帰り観光で添乗に来ていたら
と思うとマチュピチュには行けなかったわけだ。
めでたし。


