中学,高校時代には必ずと言って良いほど存在した「怖い先生」.
私の学校にも数人存在していました.バットを持ったり,竹刀を持ったり
時には空手の有段者で手を使えないからと鞭を振り振り・・・
しかし,なんだろう?今思い出すのはその怖い存在の先生の顔,それも
決して嫌な思い出としてではなく懐かしい顔として・・・
今世間を騒がせている「体罰事件」と何が違うのか?
暴力と感じるか?体罰と感じるか?指導と感じるか?それは受けた側の感情
であって決して与えた側の言い分が通るものではない.受けた側が少し
でも愛情を感じることが出来るかどうかがその分かれ目となる.例え指導
者があの子のことを思って,発奮させようとして・・・と言い張ったところで
何の意味も持たない.
要は普段どのように接していたのか?全く愛情も感じない接し方でその様
な行為に及んだらどんな人間だって「暴力」と感じるであろう.
師弟の信頼関係がきちんと出来上がっていたら今回の様な悲惨な出来
事は避けられたに違いない.
勝ちたい勝たなければいけない・・・いわば自分本位の考えだけで起こし
た事件ともいえる.
自分が選挙に勝ちたい一心で国民を犠牲にする論理と似ていませんか・・・