自分発信です的空気

自分発信です的空気

日々の浅はかな考えをなんやかんやと文章化してみる。
表題はNHKの番組「サラリーマンNEO」のコントで出てきた概念で、
”人が言ったことをさも自分が言ったように振舞うこと” です。
まるで自分から発信したかのような空気を醸し出したいと思います。

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「なぜ勉強しなければならないのか」
(類題)この勉強が何の役に立つのか

友人が塾講師をしていて、生徒からこの質問が出たらしいです。
その話を聞いて意見を求められたとき、人に騙されないようにするためかなと
適当に答えてしまいました。
これは昔から定番の問題なので、ここらで自分の考えを纏めておきたいと思います。

まず大雑把に考えて、勉強する理由は才能が無いから、だと考えます。
人間が自立して(他人になるべく迷惑をかけずに)生きるためには、食い扶持が必要です。
そのお金を稼がなければなりませんが、方法は色々あります。
例えば、絵の才能があれば芸術家方面で、将棋の才能があれば棋士として、など
一点突破で他を圧倒したり、魅了したりすることができる才能があればプロとして
やっていけます。実際、棋士には中卒の方も多いと聞きます。
また、先見性に長けていればトレーダーなどとしてやっていけるかもしれません。
勿論、その道の勉強は必要かもしれませんが、それ以外に関しては個人の自由かと思われます。

そして、そこまでの才能はないか、自信がないと判断した人は勉強が近道になると思います。
自分で自分のやりたいことが分かってる人は、専門学校へ行くなどすれば
勉強の範囲を絞ることができるかもしれません。
それもわからない人、つまり何のために勉強するかわからない人は学歴を目指すことになります。
今現在は学歴は昔ほど効かないかもしれませんが、どうせ勉強するなら無いよりはあった方が
ましだと考えるからです。

以上が、勉強をする理由に対する自分なりの答えになります。
結局、お金を稼ぐ方法への自分なりのアプローチがないのであれば、
勉強をすることが近道になるんじゃないかなと思っています。

他にも、幅広く勉強することで、教養のある人間になるとか広いアンテナを持った人間になれるなど
の理由もあるとは思いますが、中高生を納得させるのはより難しそうです。


類題として、この勉強が何の役に立つか(何の意味があるか)という質問があります。
例えば、数学の素因数分解が将来何の役に立つの?、などです。
こういう個別の問題に関しては次回の記事でまとめようと思います。
年金計算は複雑ですが、一階部分に当たる老齢基礎年金は割と簡単なのでちょっとやってみました。
納付額や支給額は、物価スライドや法律変更による保険料改正があるため年々変わります。
ですので、今回は計算を簡単にするため月々の保険料を14800円、支給額満額を年額792000円とします。
また、繰り上げ支給や繰り下げ支給ではなく65歳からもらえる基本的な計算とします。
支給額は納付額に単純比例していて、満額支給は40年間分の納付に対応しています。
よって、月単位に対応する支給額は
792000円÷40年÷12ヶ月=1650円/月  となります。
つまり、 納付額:支給額=14800円/月:1650円/月 という対応になります。
ここで、免除制度の計算もしてみます。
免除制度も色々ありますが、今回は全額免除の場合で考えます。
平成21年度からの法改正で、全額免除の場合、1/3→1/2に国庫負担割合が増加しています。
なので、14800円/月を払わなくても半額の825円/月は国が負担してくれます。
これを免除せずに全額払った場合と比較すると、損益分岐点は
14800÷825=18  となり
65歳から18年以上生存すれば得になります。
こういう風に考えると免除制度を利用した方がいいのかなと思えます。
まあ当然審査が厳しいとは思いますがやってみる価値はありそうです。

こうやって見てみると国庫負担を増やしたりして大丈夫なの?という疑問が湧いてきます。
結局そういう政策のせいで社会保障費が増額の一途を辿ってるわけで。
ただ、年金制度は国の屋台骨みたいなものなので、ここで信頼を失うと
銀行の取り付け騒ぎのように大変なことになりそうです。
政府の方針のように消費税増税で社会保障費を賄うという自転車操業で
騙し騙しやっていくしかないのかな。デフレである限り厳しそうですが。

話変わって、ドラゴンズドグマの体験版をやってみたのですが、
かなりもっさりしていて正直期待外れな感があります。
うーん、これはちょっと購入を控えるかもしれません。
今のところFEが面白いので暫くこれで楽しもうかと思います。
6月はペルソナ4リメイク、7月は世界樹4、8月はソウルハッカーズリメイクと
大作が続くので忙しくなりそうです。(5月のdiablo3がちょっと気になる・・・)
ではでは。


先日、友人と習慣の可視化について話をしました。
内容を簡単にまとめてみます。
①日々自分の習慣となっていることをメモに取り、客観視する。
②もはや無意識的になった習慣については、原因を探る。
 辞めたり代替手段を講じることによって、本当にその習慣じゃないと
 だめかどうか吟味し、自分の真の欲望を明確にする。
 (例・・・お酒を飲む習慣において、ストレスが真因の場合、ジムに
   行って体を動かすことによりお酒を飲む習慣を辞められた)
③①、②を繰り返しより自分にとってより良い習慣に変えていく。 

上記は習慣は広義として癖や(買い物などの)選択を含みます。
面白い考え方だと思うんですが、個人的には①の閾値が高すぎるので
そこのモチベーションを上げてくれる方法が欲しいです。

で、この話をしていて思い出したのがラプラスの魔です。
所謂決定論の話です。
自分の中でよくあるのが、適当にたいして思ってもないことを言い、
それを本当のことと捉えられ、周囲で既成事実化してしまうことです。
それに乗せられて何かを買ったときとかに、あれ?これ別にそんなに
欲しくなかったなみたいなことがよくあります。
こういうときに、初期条件さえ決まればあらゆることは決まっているのではないか、
人間の意思さえも自由ではないのかなと考えていまいます。
つまり自分は存在しない、色即是空空即是色ってことです。

習慣の話だったのに、相変わらずよくわからなくなってきたので終わります。
一口に距離感と言っても、物理的なものや心理的なものがありますが、
特に後者の意味は非常に使い勝手がいい気がします。

この前上司が夫婦間の距離がある一定のところで落ち着いたと

言ってました。それは平行線が交わらないようなものだと。
この二人はお互いに興味を失っているらしいですが、
子供を通して何とかして欲しいものです。

上記の話から距離感って面白いなと思い表題にしてみました。

人は人と出会ってから、距離感を測りながら相互作用を繰り返します。
そうすることによってエネルギーの低いところ(距離感を掴んだ状態)で
安定するんじゃないかと思います。
ただ、苦手な人とはそういう距離感を掴むまでが面倒くさいので
十分距離を保ち、なるべく非干渉でいるのが僕のスタンスです。

また、英語の考え方では過去形は距離感を表しています。

つまり時間を距離感として捉えています。
なのでcouldが丁寧な言い回し(相手と距離をとっている)として
使われているのです。
僕の場合も慇懃に振舞うことにより壁を作ったりしています。

色んな距離感の考え方がありますが、心理的な距離感を

単純接触の原理や自己開示の法則や好意の返報性、
或いは過度な慇懃さや非干渉などを用いて
自分の望む形に変えていけたらいいですね。

心理学の用語で
「ある行動に毎回ご褒美を与えるよりも、

たまに与えたほうが、何度もその行動を続けるようになる」

という意味です。


以下に「スキナーの箱」と呼ばれる有名な実験で説明します。

①鳩の籠にスイッチを用意し、スイッチを押すと扉が開くものをセットした。
②Aのグループの鳩には、スイッチを押すと必ず餌が出てくるようにした
③Bのグループの鳩には、スイッチを押すとたまに餌が出るようにした
④学習後(これをオペラント条件付けという)、一切餌がでないようにした。
⑤すると、Aの鳩は2,3回で諦めたのに対し、Bの鳩は一日中スイッチを押し続けた。


この仕組みがパチンコなどのギャンブル依存症の原因ではないかとされている。

所詮、人間も動物であるから、パブロフの犬のように単純な条件反射から逃れることは

できないってわけですね。
パブロフの犬に噛まれてはいけない(by 筋肉少女帯)



同様な実験でもう一つ面白いのを載せます。

◯空腹のハトを実験箱に入れて、その行動にかかわりなく15秒ごとに

 餌を出すようにすると、餌が出る直前に頭を上げたり、 実験箱の中を

 一回りするといった特異な行動が現れる。


つまり、このハトはあたかも 「その行動が餌出現の原因である」かのように振る舞ったわけです。

人間にも同じことが言えて、迷信もこういう経緯を経て作られているわけです。


部分強化の心理やオペラント条件付けなどを駆使すれば、人を操るのも簡単かもしれませんね。