私が生まれ育った街、仙台には、仙台フィルハーモニー管弦楽団という立派なプロのオーケストラがあります。
私が楽器をやるようになった中学生の頃からたびたび演奏会に足を運んで、プロの音を生で聴いては刺激を受けて来ました。今はかなり恵まれた環境で、レベルの高いメンバーもたくさん増えて、東京のオケにも引けをとらない形が出来上がっていますが、当時はまだまだ人数も少なく環境も整っていなくて、言っちゃ悪いですが演奏レベルもあまり高いものではなかったと思います。
それでも宮城県内の小中高校を回っては、子供たちに生のオーケストラの音を届ける活動を積極的に行なっていました。実際私が通った小中高すべてで仙フィル(当時は宮城フィル)の鑑賞会がありました。
中学生で吹奏楽を始めてからは、仙フィルの奏者の方の指導を受けることもたびたびありましたし、演奏会を聴きに行っては「どうしたらこんな音出せるんだろう」と悩みつつも、そこでいい音を聴くと翌日の自分の練習でやたら気合が入ったり(笑)、影響は計り知れません。地元にプロのオーケストラがあって本当に良かったと今でも思っています。
仙台を離れてからは仙フィルの演奏を聴く機会はほとんど無くなりましたが、震災直後の一昨年5月、ラ・フォル・ジュルネ新潟に急きょ仙フィルが参加、りゅーとぴあでベト7を聴かせてくれました。コンサートホールは超満員。気迫の、怒涛のベト7でした。終わった後の聴衆の喝采ぶりはすごいものがありました。客席から応援メッセージの横断幕が出ていました。そんな光景を目の当たりにして、私はなぜか自分のことのように嬉しくなりました。我が子の成長を見るように(笑)
私に少しでも「音楽の感性」というものがあるとすれば、その土台は仙フィルによって形成されたと言っても過言ではありません。
1回では書ききれないので続きはまたいつか気が向いたら書きたいと思います。
仙台フィルハーモニー管弦楽団のHP→こちら
ロシア公演なんかしちゃって、もう1流オケですね。昔じゃ考えらんない(笑)
私が楽器をやるようになった中学生の頃からたびたび演奏会に足を運んで、プロの音を生で聴いては刺激を受けて来ました。今はかなり恵まれた環境で、レベルの高いメンバーもたくさん増えて、東京のオケにも引けをとらない形が出来上がっていますが、当時はまだまだ人数も少なく環境も整っていなくて、言っちゃ悪いですが演奏レベルもあまり高いものではなかったと思います。
それでも宮城県内の小中高校を回っては、子供たちに生のオーケストラの音を届ける活動を積極的に行なっていました。実際私が通った小中高すべてで仙フィル(当時は宮城フィル)の鑑賞会がありました。
中学生で吹奏楽を始めてからは、仙フィルの奏者の方の指導を受けることもたびたびありましたし、演奏会を聴きに行っては「どうしたらこんな音出せるんだろう」と悩みつつも、そこでいい音を聴くと翌日の自分の練習でやたら気合が入ったり(笑)、影響は計り知れません。地元にプロのオーケストラがあって本当に良かったと今でも思っています。
仙台を離れてからは仙フィルの演奏を聴く機会はほとんど無くなりましたが、震災直後の一昨年5月、ラ・フォル・ジュルネ新潟に急きょ仙フィルが参加、りゅーとぴあでベト7を聴かせてくれました。コンサートホールは超満員。気迫の、怒涛のベト7でした。終わった後の聴衆の喝采ぶりはすごいものがありました。客席から応援メッセージの横断幕が出ていました。そんな光景を目の当たりにして、私はなぜか自分のことのように嬉しくなりました。我が子の成長を見るように(笑)
私に少しでも「音楽の感性」というものがあるとすれば、その土台は仙フィルによって形成されたと言っても過言ではありません。
1回では書ききれないので続きはまたいつか気が向いたら書きたいと思います。
仙台フィルハーモニー管弦楽団のHP→こちら
ロシア公演なんかしちゃって、もう1流オケですね。昔じゃ考えらんない(笑)