偽善とはなにか

偽善とは
「偽りの快」
偽りの感覚はない。
偽善など存在しないのだ。

偽善という言葉を使う時、それは
他者の、その他者と周囲の大多数に
おそらく快と思わせるであろう表象を
不快と感じる主観が、その対象の表象に対して
いうときである。

自身の感情や行動に対して
偽善ということは、できない
悪にはしかし、強烈な快がある

しかしそれは、その時点で悪ではない
善人とはなにか
悪人とはなにか

主観からみて快な人物が善人であり
不快な人物は悪人である
喧嘩がはじまるとき、必ず一方或は双方が相手を悪と感じている
善いことを放棄することはできない
善ではない悪、則ち不快を選択した時点で
それは快であり、善であるから
私たちは善を望むことしかできない
普遍的な、絶対的な善悪はない
善悪について


善とは快
悪とは不快