広島城 ③ 広島県:中国地方 | 城とその町 漫遊記

城とその町 漫遊記

ご訪問ありがとうございます  m(_ _)m 
 当ブログは 
 『テーマパーク ・アミューズメントパーク が好きかも!』
 の別館です 



城とその町 漫遊記-11012600 hirosima


広島城 (別名・鯉城、在間城 当麻城 石黒城 御篠城)

日本の名城 都道府県別ベスト10 広島県:第一位


構造:平城 / 国指定史跡  

天守閣:外観復元 昭和33年(1958)
築城主:毛利輝元 / 築城年:元和19年(1591)
主な城主:毛利輝元 福島正則 浅野氏
建造物:櫓(復元) 門(復元) / 遺構 石垣 堀


今回は広島城二の丸と他少々の写真です
歴史街道スペシャル「広島城」では

表門馬出 と紹介されている二の丸

聚楽第に似せた縄張りで このような二の丸になった!?


ここの建物も 原爆で倒壊炎上 (>_<)

しばらくは 焼けた石垣のみでした


 

前回訪問時は、ちょうど復元にかかる直前で

今回 目の当たりにすることができました


城とその町 漫遊記-11012602 hirosima

 


平成6年(1994年)復元されたのは

表御門

平櫓

多聞櫓

太鼓櫓


多聞櫓内に有った説明板より
 天正17年(1597)毛利元就の孫である毛利輝元によって、広島城築城の鍬初めがおきなわれた。
 この二の丸は、他の城に比べると規模が小さいのが特徴で、本来は馬出し(城内からの出撃の拠点)としての機能を持っていたと思われます。
 二の丸の西面に開かれた表御門は階下が城門、階上が渡櫓となっていました。これは「櫓門」と呼ばれるもので、広島城の主要な城門みなこの形式でした。階上の櫓部分の柱と長押を白木をそのまま見せる「真壁造」で、たいへん古風外観でした。
 平櫓・多聞櫓・太鼓櫓とも外壁は黒い下見板張(壁に横板を少しずつ重なり合うように取り付けたもの)でした。
 内部は梁をむき出しにし、柱や長押も漆なども塗らずに、木の肌を出したままの質素な造りになっていました。
 新しいタイプの城は、柱もすべて白漆喰で塗込める「総塗籠」であることが多いので、古風な様式であることがわかります。
 現在の二の丸は、毛利輝元が建てたころの様式を木造で復元したものです。


表御門 平櫓 

城とその町 漫遊記-11012603 hirosima


表御門(橋御門)

 

城とその町 漫遊記-11012606 hirosima


平櫓(不寝番が常駐し表門の見張りをした)

城とその町 漫遊記-11012604 hirosima


太鼓櫓(登城の合図の太鼓を鳴らした)

城とその町 漫遊記-11012609 hirosima


本丸から二の丸を望む
城とその町 漫遊記-11012601 hirosima


多聞櫓


城とその町 漫遊記-11012608 hirosima


城とその町 漫遊記-11012607 hirosima

城とその町 漫遊記-11012610 hirosima


南東側から二の丸を望む

城とその町 漫遊記-11012614 hirosima


焼失前の写真もありました
城とその町 漫遊記-11012605 hirosima


番所跡の礎石
城とその町 漫遊記-11012611 hirosima


太鼓櫓前の 井戸
城とその町 漫遊記-11012613 hirosima


馬屋の礎石
城とその町 漫遊記-11012612 hirosima


太鼓櫓の内部
城とその町 漫遊記-11012616 hirosima


畳敷きの場所もありました
城とその町 漫遊記-11012615 hirosima


ペタしてね


外回り(三の丸)には


池田隼人 像
城とその町 漫遊記-11012619 hirosima


歩兵第十一部隊の遺稿もありました

城とその町 漫遊記-11012618 hirosima


第十一部隊門柱跡

城とその町 漫遊記-11012617 hirosima


お城跡は大阪城 金沢城 他

軍に利用された施設跡が 結構ありますね

最後に

二の丸から 護国神社越しの 天守です

城とその町 漫遊記-11012620 hirosima

かなり見にくい (;^_^A